契約結婚、またの名を執愛~身も心も愛し尽くされました~
「ええ。これまで僕と交際の噂が流れた女性は、裏で嫌がらせを受けた方もいます。飯尾さんは父との関係で昔から付き合いがありますからね……あの騒動のいくつかは、彼女が何かしたのだと考えています」

 不穏なことを言わないでほしい。
 希実はヒュッと肝が冷えるのを感じた。

「まさかそこまでは……」
「半端なことをするよりも、僕が希実さんを大事にしていると印象付ける方が手出しし難くなります。『婚約』は『結婚』よりも解消が容易ですからね。ここは悠長に時間を稼がず、スパッと籍を入れましょう」

 聞き間違いだと誰か言ってくれ。幻聴でもいい。
 希実は大いに顔を引き攣らせ、運転する彼へぎこちない動きで視線をやった。

「冗談、ですよね?」
「ここで冗談を言う必要がありますか? いくら考えても、最適解は僕らがすぐに入籍し、結婚式は準備が整い次第挙げることでしょう」

 もう全く頭が回らなくなり、希実は意味もなく忙しく瞬いた。
 豪速で何かのレールに乗せられている。途中下車は許されない。
 滑らかに流れる車窓の景色も、地獄への直通ルートに感じられた。

 ――いや、駄目。呆然としている場合じゃない。このままじゃ本当に今すぐ人妻になってしまう……!

 どうにかして体勢を立て直さなくては。
 この契約結婚を受け入れはしたものの、あまりにも展開が超高速になり、希実は尻込みしていた。

「そ、そうだ。まだ私の両親への挨拶を終えていないのに、一緒に暮らすなんて保守的な父が許さないと思います」

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