凍てつく乙女と死神公爵の不器用な結婚 〜初恋からはじめませんか?〜

 ルーリアも恐怖に足を竦ませたが、カルロスが黒精霊たちのそんな行動よりも、自分に対して不審がるような視線を向けていることに気付き、一気に焦りが込み上げる。

「……も、もしかして、署名の仕方、間違ってましたか?」

 それとも間違えたのは自分の名前の綴りの方である可能性もあると、ルーリアが改めて書面に視線を落とした時、カルロスがルーリアから髪飾りを掴み取った。

「これも呼び寄せになってる」

 言うなり、カルロスは髪飾りを地面に投げ捨て、踏みつけた。すると、完全に砕けた魔法石から黒い影が立ち上り、すぐさまカルロスは剣を抜いて、それを真っ二つに切り裂いた。

「今のは闇の魔力。魔法石には伯父様の光の魔力が込められていたのに、どうして」
「光の魔力を隠れ蓑にして、巧妙に闇の魔力を流し込んだのだろう。相手はそれなりの使い手だ。面白い」

 カルロスは壊した魔法石を掴み取ってじっと見つめた後、挑戦的な笑みを浮かべる。そしてルーリアから婚姻契約書を受け取り、確認後「問題ない」と呟いた。

「すまないが、明日早い。今夜はこれで失礼します。もし何かあったら、直接詰め所の第五部隊まで来てください」

 婚姻契約書をくるりと丸め、紐で縛って元の状態に戻すと、カルロスはアズターに対して軽く頭を下げた。そして踵を返し自分が乗ってきた馬に向かって歩き出すが、途中で肩越しに振り返った。

「何してる。帰るぞ、ルーリア」


 あっさりと、しかし当然の様にカルロスからかけられた言葉に、ルーリアの鼓動がとくりと跳ねた。

「はっ、はい!」

 ルーリアは緊張の面持ちで返事をすると、足元に置いたランタンを抱え持って、カルロスに向かって走り出す。彼の隣に並んでから振り返ると、アズターはこちらに向かって深く頭を下げていた。

「こっちだ」

 父親の姿を深く目に焼き付けてから、ルーリアも怯えや不安を乗り越えるように、今までにない一歩を踏み出した。










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