御曹司は離婚予定の契約妻をこの手に堕とす~一途な愛で溶かされました~
「正確には、〝だった〟人ですね」

 私の返答に、小早川さんがわずかに驚いた表情になる。
 そんな話題に触れてしまったことを謝罪しつつ、彼は仕事であの場にいたと明かした。

「それが、成瀬を落ち込ませている原因か? よければ、話だけでも聞くぞ」

 辛い出来事を言わせてしまったお詫びにとでもいうように申し出ながら、小早川さんが眉を下げた。

 ここまで彼についてきたのは、自分の意志だ。
 明日になればこれまでのように仕事中に彼と話す機会などほぼないだろうし、もとから見かける機会も少ない。
 それならここで、胸の内を明かしてもいいかもしれないと心が傾く。

「――あの人の心は、とっくに私から離れていたんでしょうね。ずいぶん悩みましたが、私の職場の同僚と浮気をしている場面を見て、きっぱりと別れました」

 これまでなら、悩み事は渚が聞いてくれた。
 それが社会人になってなかなか叶わず、人間関係が上手く築けない私は、打ち明ける相手すら持てていない。

 きっとアルコールが、弱った心に効きすぎているのだろう。気づけば、弘樹との話をすべて聞かせていた。

「その男、最低だな」

 小早川さんの顔が、不快にゆがむ。

「もう別れてしまったので、私には関係ないです」

「あっさりしているんだな。未練とか、ないのか?」

「ありません。不貞だけは絶対に受け入れられないので」

 脳裏をよぎったのは、浮気によって家庭を壊した父の顔だった。
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