御曹司は離婚予定の契約妻をこの手に堕とす~一途な愛で溶かされました~
 扉をノックすると、中から葵さんより幾分か低い声で「どうぞ」と帰ってくる。

「失礼します」

 彼に続き、室内に足を踏み入れた。
 ゆっくり顔を上げると、正面の執務机に座っていた社長と目が合う。

 顔はもちろん知っているが、頻繁に見かける人ではない。これまではふたりが親子関係にあると知らないでいたからなにも思わなかったが、よく見ればすっと筋の通った鼻や薄くて形のよい唇が葵さんに似ている。

「待っていたぞ、葵。それから成瀬さんも。さあ、そこに座って」

 気さくな様子で促されて、葵さんと隣り合ってソファーに座る。私たちの前に、社長も腰を下ろした。
 それから、さあ紹介してくれとでもいうように手ぶりで話を促した。

「総務課に在籍している、成瀬瑠衣さんです」

「成瀬です。よろしくお願いします」

 葵さんが私を紹介するのに合わせて、軽く頭を下げる。
 この場でなんと言えばいいのかわからず、必要以上に固くなってしまった。印象をよくしようと心掛けているものの、きっと無表情になっているに違いない。

「ああ、よく来てくれたね」

 それでも社長はにこやかに答えてくださり、ほっとした。

「父さん。瑠衣は俺との結婚を承諾してくれている」

「そうか。葵から話を聞いて驚いたが、成瀬さんは優秀で真面目な社員だと聞いている。ご両親の話も……」

 両親と言われてハッとする。

「すみません。両親はもう何年も前に離婚していて、私とも疎遠で」

 葵さんが社長の息子だとは知らずにいたから、親のことをそこまで深く考えていなかった。
 けれど、立場のある人こそますます気にするのは当然だ。

「ああ、いやいや。いろいろ事情があるのは葵から聞いているから大丈夫だ」

 両親について葵さんに打ち明けたのは昨夜だ。社長にどこまで話したのかと問いかける視線を彼に送ったが、小さく微笑むだけで流されてしまう。
< 46 / 114 >

この作品をシェア

pagetop