このたび聖女様の契約母となりましたが、堅物毒舌宰相閣下の溺愛はお断りいたします! と思っていたはずなのに
 こちらが何か声をかけると、そうやって返事をしてくれるのもかわいい。
「奥様、マリアンヌお嬢様をお預かりいたします」
 そう言ったナナカの手には、哺乳瓶がある。
「あ~あ~」
 哺乳瓶に手を伸ばすマリアンヌは、やはりお腹が空いていたようだ。
 マリアンヌから解放されたイリヤは、白磁のカップに手を伸ばす。このようなカップでお茶を飲むのも、昨日の接待のような場を除いては久しぶりだ。手にしたカップは金で縁取りされ、上品な青で花が描かれている。それだけであっても、紅茶の味が変わるような気がした。
 香ばしい匂いに交じって、柑橘系の香りがする。
「……美味しい」
 心からその声が出てきた。
 慌ただしい昨日から、やっと一息ついた。
 思い返すと、本当に怒濤の一日だったのでは。一日前までは、イリヤ・マーベルであったのに、今ではイリヤ・ファクトを名乗る必要がある。
 それよりも。安っぽい宿の簡素な寝台ではなく、大きな寝台で眠ることができた。マリアンヌと一緒に眠ったため、寝台は少し堅かったが、寝心地は最高だった。食事の味も量も文句のないほど。むしろ、多すぎて食べきれないくらいである。ただ、それではイリヤの食事量が少ないからだとクライブが指摘した。
 そんなクライブは、何を考えているのかよくわからない男なのだ。むしろ、何も考えていないのではないだろうか。いや、それでも宰相としての彼の評価は高い。イリヤでさえも、その名は耳にしたことがあった。マーベル子爵領が国へ納める税金が少し安くなったのは、彼のおかげだと聞いたこともある。
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