皇帝陛下がやっぱり離縁したくないと言ってくるのですが、お飾り妃の私が伝説の聖女の生まれ変わりだからですか?
前世の記憶という先入観にとらわれた心は、認識が歪められ、自由を失っている状態。自由を失ったからこそ、アンリは自分自身も見失ってしまった。

彼が幸せになるためには、その心を自由にすること。――ノーマンドの記憶を消すことなのだ。

記憶を消すほどではないが、ミュリエルは戦や家族の死で心神喪失になった人たちをこの魔法で癒していた。

(アンリ様、どうかお願い。自分を取り戻して……!)

何百年もの呪縛から解き放たれるよう強く祈り、魔力を注ぎ続ける。エリーヌの限界を超えようとも、たとえ魔力を使いきろうとも、彼を前世から断ち切ってあげたかった。

光の帯が幾重にもなってアンリを取り囲み、渦をなして天高く昇っていく。
夜明けに導くように、鮮烈な光があたりを神々しく照らした。

全身全霊で捧げる祈りは、エリーヌから容赦なく体力を奪う。

次第に遠のいていく意識。夢と現の狭間で、ミュリエルが微笑んだ気がした。

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