リングノート〜必ず君を甲子園に連れて行く〜

野球より大事なもの


次の日の朝、

俺は1番に監督の部屋に行った。

「監督っ!すずのお母さんから連絡はありましたか?!」

「成瀬、みんなを食堂に集めてくれ。朝飯の前にみんなに話がある。」

「すずに何かあったんですか?!!」

そう言う俺に、

「みんなの前で話すから、とにかく集めてくれ。」

いつにも増して真剣な顔で工藤監督が言うので

俺は急いでみんなを食堂に集めた。

「お前達に言わなきゃならないことがある。、、、昨日の夜、マネージャーの高原が事故に遭った。今はまだ入院している。だから今日から、、、」

嘘、だろ??

頭が真っ白になって、

血の気が引いていくのがわかった。

工藤監督の話が終わるのを待てなかった。

監督の話を遮って俺は聞く。

「監督!どこの病院ですか?!!」

「とにかく一回落ち着け。」

「どこの病院ですか?!!!」

「埼明東病院だ。この後代表者数名で見舞いに、、、」

そんな工藤監督の言葉を無視して、

俺はそのまま寮の玄関へと走る。

「成瀬!!!!!!」

いつにも増して怖いトーンで

工藤監督が俺の名前を呼ぶ。

でもそんな事はどうでも良かった。

とにかく俺は急いで病院に向かった。


病院の受付で俺は叫ぶ。

「高原すずはどこの病室ですか?!高原すずはどこにいますか?!!!」

そう言う俺に看護婦が言う。

「お客様、落ち着いてください。高原さんとはどういったご関係の方ですか?」

くそっ、

そんな話をしている時間はないのに。

そう思っていたら、

「翔くんっっっ」

後ろから声をかけられた。

そこにいたのは、泣き腫らした目をした

すずのお母さんだった。

「翔くん、こっちよ。」

そう言われてすずのお母さんは

俺をすずの病室へと案内した。

「すず!!!」

すずはベッドの上で安らかな顔をして寝ていた。

「すずは、、、何で起きないんですか?!」

そう言う俺にお母さんは涙を堪えながら言う。

「手術は無事成功してね、先生はもう目覚めても良いはずだって言うんだけど、すず、全然起きてくれないの。先生は、いつ目を覚ますかはわからない、もしかしたらこのまま目を覚さないかもしれないって、、、。」

そう言ったお母さんの目からは

堪えてた涙が溢れ出た。


これは夢、なのか?

昨日まですずはあんなに元気だったじゃないか。

「手術、、、?何があったんですか?すずが事故って、、、どう言うことですか?」

何が何だかわからない。

「昨日の夜、あの子何も言わずに家を飛び出していってね。家から最寄りの駅に向かう途中で、飲酒運転をした車に信号無視ではねられたのよ、、、。」

昨日すずは俺に会いに来ようとして

事故に遭ったんだ、、、。

「昨日の夜、すずから電話を貰ったんです。何か渡したいものがあるから今から行くって、、、。俺のせいだ。」

涙が溢れて止まらない。

あの時何で俺はもっと強く、

すずを止めなかったんだろう。

俺があの時違う選択をしていたら、

すずはこんな風になっていなかったじゃないか。

そんなこと思ってももう遅いのに、

そう考えてしまうのを止められなかった。

「もしかして、すずはこれを翔くんに渡したかったのかしら、、、?」

すずのお母さんが泣きながら、

血だらけのバッグから

一冊のリングノートを出す。

中を見ると、ぎっしりと

徳川嵐の今大会のデータが

書き込んであった。

一人一人のバッターの得意球、癖、傾向など

選手の特徴が細かいことまでまとめられていた。

「あの子、最近毎日家に帰ってきたら、何度も巻き戻して試合を見返しててね。私は何してるの、疲れてるんだから早く寝なさいって言ってたのに、全然言う事を聞かなくて、、、。すずはあなたのために徳川嵐のデータを集めていたのね。」

すずは俺のためにこんなに頑張ってくれていたんだ。

「昨日も、家を飛び出していくまではずっと試合を見て、何かを必死にノートにまとめていたの。きっと昨日の徳川嵐の試合を見ていたのね。それでやっと完成したから、あなたに届けようと思ったのね。」

すずは俺にこのノートを届けに来ようとして事故に遭った。

涙が止まらない。

あの2年前の悪夢の甲子園よりも、

怪我をしてベンチ入りできなかったあの時よりも

そんな時とは非にならないくらい辛かった。

きっとこんなに辛いのは人生で最初で最後だろう。

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