イルカの見る夢
ルビーは水中から勢いよくジャンプして、斗李に襲い掛かる。
まるで一瞬のことで、何が起きたのか分からなかった。
彼女が気づいたときには、斗李の洋服の裾をルビーが噛んで、ルビーが左右上下に引っ張っている。
『やめてっ! ルビー!』
『ピィーピィーー!!』
真凛が必死に動きを止めようとするも、ルビーは頑なだった。強い力で斗李の体を引っ張り、プールの中に引きずりこもうとしている。
『ルビー! やめなさい!』
真凛は死ぬ物狂いでルビーの体を抱きしめ、なんとか斗李とルビーを引き離すのに成功する。
だが、すでに狂乱の渦にいるルビーはあろうことか飼い主の真凛の服を髪、プールに引きづりこんだ。
『真凛さん!!』
――――真凛の意識がそこで、途絶えてゆく。
真っ暗な水の底をめがけて、真凛はゆっくりと堕ちていく。
意志を持たないただただ重力に従ってでしが存在し得ない岩が沈んでいくように。
静かに静かに、沈んでゆく。
遠くで、『これはダメだ』とか『息をしていない』とか、そんな籠ったような声が聞こえてくる。
けれど『絶対に彼女を助ける。俺の命に代えてでもいい。俺の体はどうなってもいい!』と意志がこもった強い声が、一筋の光のように真凛に届いた。
暗いくらい海の中。視界は真っ暗だったが、間違いなく斗李の声だった。
(あの人のことは、全然好きではないわ。でも……たしかに、勝彦さんよりも私を愛してくれている気がする。勝彦さんは、結局逃げたんだわ)
なんの誘惑にさらされたのか知らない。その誘惑はきっと斗李がもたらしたに違いない。
でも、結局長谷は真凛から姿を消した。それが、すべてなのだ。
(あの人といてあげようかしら。私が生きていたらの話だけれど……ルビーは怒るかな)
ルビーと仲を深めていった時間を最後に思い出しながら、真凛は完全に記憶をなくした。
人生で一番彩られた、輝かしい二年間を。
「真凛は、すべてを思い出したのか」