イルカの見る夢
 「えぇ、そのようですわ」

 東は無表情のまま、向かいに立つ斗李に小さく頷いた。
 ふたりの間に置かれた医療ベッドには、真凛が固定されている。両手両足には拘束具。頭部には複数の神経装置。点滴と生体モニター、脳波測定器。まるで精密機器の一部として、人間の肉体が接続されていた。

 その横の別の部屋には、水槽があった。
 美しい発光体のような身体を持ったバンドウイルカ――ルビーが、ゆるやかに旋回している。
 彼女もまた、同じように脳神経をモニターへ接続されていた。水中に設置された機器が、脳波と視覚記憶、そして感情の起伏までを常時スキャンしている。

 あの時――ルビーは殺処分を逃れた。
 斗李が保護し、研究対象として運び込まれた。
 すべてはルビーが持つ、真凛の記憶をすべて抽出するためだった。ルビーは今や、斗李にとって〝真凛の保管庫〟になったのだ。
 斗李が知らない、真凛の表情、言葉、仕草、声色……それらをルビーはすべて見ている。そして、記憶していた。
 だから、どうしても欲しかったのだ。

 (全部……全部、僕が知らなきゃ意味がないんだ)

 斗李は、ルビーが持つ真凛との記憶映像を数え切れぬほど再生し、陶酔した。
 そこにいる真凛は、見たこともない輝いた笑顔を放ち、斗李を幸せにもしたが、同時に地獄へも落とした。
 自分も真凛の本当の愛がほしい、と思うようになったのだ。
 一瞬でも、自分を本当に愛してくれた瞬間はなかったのだろうか、と期待を抱くようになった。
 あれだけ拒絶をされたといのに、彼は完全には受け入れていなかったのだ。

 彼は嘘で塗り固められた日常を壊す引き換えに、真凛の記憶を直視すると決め、今回強行に至る。
 未公開エリアへの誘導――再会したルビー―記憶の揺り戻し――。
 それらすべて、真凛の脳が過去の感情と状況を再生する瞬間を狙い、失われた真凛の二年間を引き出すため斗李が仕組んだ舞台だった。

 そしてついに、とある装置が高速で動き始める。
 モニターの左下に、白文字で新たな読み取りが表示され始めた。
 記憶だけではない。
 最新の感情スキャン技術によって、真凛の微細な内的思考が文字として浮かび上がるのだ。

 【あの人のことは、全然好きではないわ。
 でも……たしかに、勝彦さんよりも私を愛してくれている気がする。
 勝彦さんは、結局逃げたんだわ】


 【あの人といてあげようかしら。
 私が生きていたらの話だけれど】
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