イルカの見る夢
しかし斗李は彼女の体が心配なので、簡単に首を縦には振らない。真凛はそれも承知で説得を何度も試みる。
彼女がここまで強く自分の意思を通そうとするのは難しく、斗李は迷ったが、渋々頷いた。
斗李の承諾を得た瞬間、真凛の大きな瞳は水面が陽光に揺れるようにキラキラと輝く。
「ただ、気分が優れないと感じた時点ですぐに帰ると約束してね」
「……はい。必ず。斗李さんに迷惑かけないようにしますから」
真凛が子供のように無邪気に笑うので、斗李は思わず口角をあげた。
「そうしたら、近日行われる関係者限定のお披露目会の夜に、僕とふたりで回ろう」
「え……」
日本最大のアクアリウムということで、大勢の来場客が押し寄せてしばらく館内が混雑すると予想されている。
トラウマを抱える真凛がストレスなく鑑賞するには、個人的に回るのがいいと斗李は真凛に伝えた。
「嬉しい。斗李さんとふたりきりでアクアリウム……ロマンチックですね」
「喜んでくれて嬉しいよ。僕も今から楽しみだ」
斗李の温かい笑みに安心し、真凛は彼のたくましい体に腕を回してぎゅっと抱きしめた。
もちろん完全に不安はぬぐえないが、真凛は夫が必ず自分を支えてくれると信じ切っているのだ。
彼女は知らず知らずに斗李に依存し、彼はもちろんそれに気づいている。そしてそれが居心地がいいと思っている。
見えない赤い糸が、薬指に留まらず彼らの体をきつくきつく結びつけていた。