EASY GAME-ダメ男製造機と完璧上司の恋愛イニシアチブ争奪戦ー
 始業ベルが鳴る前から、各自デスクで書類を確認したり、伝票を片付けたり、パソコンでメールチェックしたりと、ざわつく中、ひときわ大きな声が響き渡った。

「おおい、総務さんやー!忙しい中済まんが、新しく来られた部長を紹介するぞー!」

 反射的に全員で入口に視線を向ければ、声の主は、人事部長。
 そう言えば、ウチの部長は今月で定年のため、新しく関西支社からやってくると言われていたな。
 昇進人事らしいっていうのは、前から広まっていたけれど。
 女性が八割のウチの部、そこかしこから、どんな人間だ、と、ひそひそ声が聞こえる。
 あたしは、それを聞き流しながら、席から立ち上がり、待機していた。
 人事部長は、振り返ると、廊下で待機していた人物に声をかけた。

黒川(くろかわ)くん、入って来ていいぞー!」

 人事部長の言葉に、一斉に出入口に視線が向き――そして、女性陣のテンションは、一気に上がった。

 一歩部屋に足を踏み入れると、その彼は、部屋を見回す。
 明らかに仕立ての良さそうなスーツ。背筋はスッと伸びている。
 そのせいか、たぶん、実寸以上に大きく見えているんだろう。
 隣にいる、体格の良い人事部長とは対照的な立ち姿。
 見た目は二十代前半。
 どこか幼さを残す、整った、俳優でも通用するような顔。
 けれど、その強い視線に、一瞬でざわついた部屋が、しん、と、波打つ。
 そして、部内全員の視線を受けても、たじろぎもせずに言った。
 
「――黒川です。よろしくお願いします」

 淡々とした挨拶。
 その見た目に反した低い声は、よく通る。
 そして、一拍置いて、ざわつき出す部屋。

 ――けれど、あたしは、一人、全身が硬直したままだった。

 その優男風な見た目には、確かに覚えがある。


 ……お……一昨日(おととい)のっ……‼


 その彼が、軽く頭を下げ、上げた瞬間――目が合った気がしたのは――……本当に、気のせいだと思いたかった。
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