婚約破棄したら『悪役令嬢』から『事故物件令嬢』になりました
 しかし渡した論文は提出期限直前まで返却されなかった。

 地方への出張が入った、とケイレヴ様から早馬が来たが、使者は論文を預かっていなかった。
 ただ『途中まで読んだが今のところ完璧だ。心配するな』と手紙には書かれていた。


 提出期限までには必ず返却する、と記されたその文面を。
 これまで年下の自分にも、誠実に対応してくれていたケイレブを。
 信じるしかなかった。



「俺の手元に返されたのは、前日だった。
 さすがにケイレヴを恨んだが、本人が邸にやって来て、遅くなって申し訳ない、と平身低頭するから面と向かってきついことは言えなくて。
 自分でも情けないことに『何も加えることはない』と言われたことを信じて、御礼まで言って……
 バカだよ」



 焦っていた、気になっていた箇所を見直ししたが、最終頁まで確認せずに提出した……
 本当にバカだった。


 出来を褒めてくれたケイレヴが参考文献の頁を抜いていたことに気付かなかった。
 自分が落ち着いて確認をしたら、防げたことだ。
 それが余計に辛かった。



 幼馴染みで尊敬していた先輩だ。
 将来のことを語り合った。
 卒業後は同じ財務省勤務を志望していた。
 お互いに切磋琢磨して支え合って、彼との友情は続いていく、と信じていた。



「俺なんて……もうケイレヴには必要無かったんだよ。
 まだ働き出して1年目なのに、彼の論文を基にした新しい税率プロジェクトも立ち上がりそうだったらしい。
 貶めるつもりはないけれど、父親が現職の財務大臣だ、ってことは無関係じゃない。
 名前だけではない、と周囲に実力を見せたいケイレブにとっては正念場だ。
 そこに新しいアプローチを掲げた公爵家の俺を、加えたくなかったんだろう。
 省内の出世レースの現実を知ったケイレヴにとって、俺は目障りな邪魔者だった」

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