私の心の薬箱~痛む胸を治してくれたのは、鬼畜上司のわかりづらい溺愛でした~
「嘘だろ……」
「えぇ……」
旅館についてすぐ、信じられないことを聞かされた私たちは、受付で固まってしまった。
なんと、部屋が二人部屋の一室しか取れていなかったのだ。
「きちんと二部屋取っていたはずだが?」
「それが……こちらの方で間違えていたようで……」
「ならもう一室今から部屋の用意を──」
「申し訳ございません。あいにくと本日は満室で……」
「……」
まさか部屋が一部屋、しかも二人部屋しかないだなんて……。
しかも満室。
あぁ……主任の眉間の皺がすごいことに……。
女将さんも申し訳なさそうにしてるし……うん、ここはもう仕方ない。
「あの、大丈夫です、このままの部屋で」
「水無瀬?」
「主任、部屋がないよりマシです。このまま泊まりましょ」
先ほど自分の気持ちを認識したばかりだし、意識してしまうのは仕方ない。
だけど主任が私を意識するわけがないのだから、大丈夫。
まぁ、私が一緒っていうのは申し訳ないけれど、部屋が無いのだから仕方がない。
「お前……。……わかった。ではこの部屋のままで頼む」
「は、はい。それではお部屋にご案内いたします」
女将さんの後を付いて行こうとする私の手を、大きな手がとる。
「行くぞ」
「へ⁉ ぁ、は、はいっ」
私は主任に手を引かれながら、女将さんのあとに続く。
早くなる鼓動の音が聞こえていないだろうかと気になりながら、私はつながれた手を握り返した。