契約結婚のススメ〜雇われ妻のはずが冷徹騎士団長から無自覚に溺愛されています〜
『な、なに……?』
『どうやらきたようだね』

 ベルが眼光を鋭くした。
 何が、と言わずとも理解できた。
 
 敵襲だ。

 耳を澄ますと、馬車の揺れる音に混じって怒声が聞こえる。金属がぶつかり合って聞こえるのは剣戟の音だろうか。時折聞こえる炸裂音は、もしかすると銃声……?

 リーゼの心臓が早鐘を打ち出す。ベルのスカートを縋るように掴み、襲いかかる恐怖に堪えた。

 争う音は次第に大きくなり、何かが突き刺さるような音が衝撃と共に飛び込んでくる。
 リーゼは身を縮め、何事もなく嵐が過ぎ去ってくれることをひたすら懇願した。
 
 が、そこへふと、焦げ臭い匂いが鼻腔をかすめる。異変を察知し顔を上げると、ベルが顔を歪めて舌打ちをしていた。

『まさか火まで使ってくるとは。王女の命はどうでもいいってこと?』
『火?火って……この馬車が燃えてるってことですか……?!』

 鼻が曲がりそうな、煙と思しき臭いはどんどんと濃くなっていく。心なしか、馬車内部の温度が上がってきた気もする。
 だが、自分の乗る馬車が燃えているという絶望的な事態を受け入れたくなくて、リーゼは顔面蒼白になりながら否定してほしい一心でベルに訊ねる。
 リーゼの淡い期待とは裏腹に、ベルは重々しく頷いた。

『そう。でも大丈夫。丸焦げになる前に、あなただけでも必ず脱出させるから』

 パチパチと馬車を焼く不穏な音が近づく中、ベルは自信たっぷりにそう言った。
 ランドルフも言っていた。必ずリーゼを守ると。
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