お人好しの悪役令嬢は悪役になりきれない
 『あぅー』と声を発して笑う赤子にスッと目を細め、母は僅かに頬を緩める。

「貴方の子は、私の子も同然よ」

 母の寛大すぎる一言に、父は『分かった』と言う代わりに剣を仕舞った。
かと思えば、こちらに背を向ける。
様々な葛藤に苛まれているであろう彼に対し、僕はなんと声を掛ければいいのか分からなかった。

 父は今、どんな表情(かお)をしているのだろう?
もしや、泣いているのではないか……。

 そんな馬鹿げた考えが脳裏を過ぎる中、僕は今後の生活を心配する。
そして、案の定とでも言うべきか────この日を境に、僕の家族は壊れた。
父は罪悪感と後悔を振り払うように仕事へ打ち込み、母はショックのあまり体調を崩して部屋に籠るように……。
おかげでまともに家族と顔を合わせることはなくなり、僕は一人ぼっちになった。

 ────なのに、何でこいつはまた我が家を掻き乱そうとするんだ。
僕のことを『お兄様』なんて、呼ぶんだ。
ましてや、一番辛い立場にある筈の母を『お母様』と呼ぶなんて……あんまりだ。

「どこまで、僕達家族を壊せば気が済むんだ……」

 荒れ狂う魔力が暴走し、辺り一面を凍りつかせる中、僕は白い息と共に疑問を吐き出す。
いい加減、怒りと悲しみでどうにかなってしまいそうだった。
『頼むから、僕の幸せな日々を返してくれ』と切に願った瞬間────僅かな衝撃と共に、温もりに包まれる。
驚きのあまり固まる僕は、すっかり毒気を抜かれてしまい……意識が現実へ引き戻された。
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