あなたが居なくなった後 ~シングルマザーになった途端、義弟から愛され始めました~
 宏樹は割と簡単に言ってのけていたが、中途半端に広げまくった荷物を来客に見られても平気なくらいまで片付けるというのは容易なことではなかった。

「14時で約束してるけど、いつもあの人、15分前には来るから」
「えーっ、あと半時間しかない……」
「とりあえず、残りは適当にもう一回箱に戻して、空いてるのは潰してまとめてしまおう」

 優香一人では処理しきれず、途中から宏樹にも手伝わせてしまう始末。段ボールの数は半分には減ったが、それでもまだごちゃごちゃ感は消えない。余計なことを考えてる暇もなかった。

 公認会計士と併記して経営コンサルタントの看板も掲げたオフィスで、この雑踏感はいただけない。どちらかというと雰囲気的には、場末の探偵事務所と言った方がしっくりきそうだ。

 バタバタと何とかそれなりに片づけ終わり、仕上げにデスク上の書類を整理していると、入り口のインターフォンが鳴り始める。腕時計を確認すると、宏樹の予測通り13時45分を示していた。

 優香に向かって、「ほらね」という顔をしながら、宏樹が訪問客を出迎えに立ち上がる。入り口を入ってすぐパーテーションの影へと消えて行く客の姿は、優香のデスクからもちらりと見えたが、片手に杖を持ったかなり年配の男性だった。

「失礼します」

 前もって宏樹から指示を受けていた通り、二人分の緑茶を持って優香がパーテーション越しに声を掛ける。すると、すぐに宏樹がトレーを受け取る為に出てきてくれた。
 このスタイルは前事務所から引き継いだ――というか、体よく押し付けられた顧客の中に、女性職員へ必要以上に絡んでこようとする問題客がいるらしく、その対策なども兼ねているらしい。

「人によっては、できるだけ職員とも顔を合わせたがらないケースもあるからね。飛び込みで相談にやってくる人は、特にね」

 資金繰りが上手くいかず、倒産がチラついてきて初めて専門家の門を叩いてくる人もいる。職員が多いと萎縮して、肝心な相談が切り出しにくい雰囲気になってはというのが、これまで事務補助に誰も入れなかった理由の一つだ。

「気軽に相談に来てもらえるのが一番だからね。でもさすがにもう限界」

 順調に顧客数を伸ばすことが出来た結果、一人では抱えきれないと思い始めたところだった。そのタイミングで優香が仕事を探していると聞いて、勧誘しない手はないと思った。
 一緒にいる時間が増えれば、少しくらいは意識してもらえるんじゃないかという下心が、全く無かったとは言わない。
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