シングルマザーになった途端、義弟から愛され始めました

第六話・停電

 まだ幼い子供がいると、しんみりと悲しみに浸っている暇もない。大人は同じ毎日を単調に繰り返しているつもりでも、子供の時間は昨日より今日、今日より明日と驚くほどの速度でアップデートされていく。
 ついこないだ寝返りを打てるようになったと思っていた孫が、久しぶり会いに来たら一人で座って赤ちゃん煎餅をかじっているのだから、驚くのも当然だ。

「あらあら、美味しそうな物を食べてるのねぇ」

 ヨダレまみれの口元をガーゼで拭ってもらいながら、陽太は祖母の顔を不思議そうに見上げている。早くから保育園に入れているせいか、それとも大らかな性格だった父親似なのか、陽太は人見知りが少ない。好き勝手に抱き上げられても、されるがままだ。

 窓の外を見れば、まだ昼過ぎなのに暗くなり始めている。不穏な灰色の空は心細さを感じさせる。耳を澄ませると遠くの方で雷が鳴っている音も聞こえてくる。雨もポツポツと振り始め、これからの本降りを予感させていた。

「外、結構ゴロゴロ言ってるけど、平気?」
「本当ねぇ、真っ暗になってきたわね。お天気が崩れない内に、帰らせてもらおうかしら」
「夕方から台風並みの悪天候だって……大丈夫かなぁ」

 スマホの天気予報アプリで確認してから、優香は冷蔵庫の中の在庫を頭に思い浮かべる。たった一晩で過ぎると分かっていても、十分なストックが無いと不安になるのが人間の心理。 

「じゃあね、陽ちゃん。お婆ちゃん、またすぐに来るから、良い子にしてるのよ」

 孫との別れを惜しみつつ、バタバタと忙しなく帰っていく母親を、優香は玄関先で見送った。「今日は家にいる?」と朝早くに電話が掛かってきて、昼前に手作り総菜を持参して様子を見に来てくれた母は、実家の建て直しの日が決まったことを伝えに来た。

「二階の部屋に置きっぱなしになってる荷物、処分しちゃってもいいかしら? 要る物があれば取りにいらっしゃい」

 優香が独身の頃に使っていた部屋の押し入れに、まだ私物が残っていたのだという。そう言われても、必要な物は全て結婚する際に持ち出してきてるので、おそらくは捨てられなかったけど要らない物ばかりだ。今更そんなガラクタは必要ないと、「捨てておいて」とお願いしておいた。

 母が出てすぐくらいだろうか、雨音が急に強くなり始めた。カーテンを閉めても聞こえてくる、地面を叩きつけるような豪雨。徐々に風もきつくなってきたのか、窓ガラスに雨がぶつかる音も響き始めていた。カーテンの隙間から稲光が走るのが見え、数秒後には家が揺れるほどの雷鳴。

 カミナリのドーンという音と振動に、歯固めの玩具を口に入れて遊んでいた陽太が、せきを切ったように泣き始める。生まれて初めて聞く大きな音への驚きと、一瞬消えかけた照明に不安を感じたのだろう。

「だーいじょうぶ。ママもいるから、怖くない。怖くない」

 抱き上げると、優香のブラウスを小さな手できゅっと握りしめてくる。涙と鼻水でぐじゅぐじゅになった顔を母親の胸に押し付けて、怖かったことを全身を使って伝えているようだった。
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