あなたが居なくなった後 ~シングルマザーになった途端、義弟から愛され始めました~
 子供には大丈夫と言い聞かせながらも、繰り返し点滅し続けている電気が、いつ消えてしまうのかと優香も不安になっていた。子供を抱いたままリビングを出て廊下の収納を覗き込み、ちょっと使い古した黒色のリュックを取り出す。そのリュックの中身は用意周到な夫が常備してくれていた防災用品がいろいろ。そこから懐中電灯を選ぶと、スイッチを入れてみて、まだ電池があるかを確かめる。

 まさかこれを使う日が来るとはなぁと苦笑いしながら、優香は夫がこれらを買い集めて来た時のことを思い出していた。

「万が一、俺と連絡が取れなくなった時は、これ持って優香の実家に向かって。家に優香が居なかったら、俺もお義母さん達のところへ向かうから。必ず、それだけは約束してくれ」

 家族共通の避難場所を優香の実家だと勝手に決めて、とにかく安全に避難してくれと言っていた。そんな彼の方が先に死んでしまうなんて、あの時は考えてもみなかったけれど……。

 抱っこで幾分か落ち着いた陽太に、ストローマグに入った麦茶を飲ませていると、部屋の中を照らすくらいの強い稲光が走った。そして次の瞬間、雷鳴と共に建物が大きく揺れ、家中の電気がプツリと消えてしまう。

「あ、停電……」

 真っ暗な中、先ほど掘り出してきたばかりの懐中電灯を点け、リビングを照らす。エアコンも冷蔵庫もしんと静まり返って、余計に外の雷鳴がよく聞こえるようになった。一瞬でがらりと雰囲気が変わってしまった室内に、陽太がまた泣き始める。大丈夫、と繰り返し声を掛けながら、汗ばんだ小さな背中を撫で続けた。

 どれくらいそうしていたのだろうか。ソファーに腰かけて息子を抱き締めたまま、とても長い時間を過ごしていた気がする。いつの間にか泣き疲れて眠ってしまった陽太を、和室に敷いた布団の上に寝かせる。

 ――こういう時は、寝て過ごすのが一番かな。

 息子の隣に自分用の布団も敷いて横になりかけた時、玄関の方で誰かが優香の名を呼んでいるのが聞こえてきた。

「……ちゃん……優香ちゃん?」

 懐中電灯を持って、慌てて玄関に向かうと、鳴らないインターフォンの代わりに玄関扉を叩いて、優香のことを呼んでいる声。

「ど、どうしたの?!」
「この辺りが停電してるって聞いて、オフィスに置いてたランタンとか持って来た」

 傘を差していたみたいだが、駐車場からの短い距離だけでもびしょ濡れになった宏樹が、ジャケットの中に隠して大事に運んで来た紙袋を渡してくる。

「とにかく上がって。すぐに拭かないと、風邪ひいちゃうよ」
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