あなたが居なくなった後 ~シングルマザーになった途端、義弟から愛され始めました~
「俺は昔っから、女の脚が――」
「で、年金事務所から届いたっていうのは?」

 片岡が自分の趣向を語り始めようとするのを、宏樹が途中でぶった切る。言われてようやく当初の用事を思い出したらしく、片岡がゴソゴソと鞄を漁っている音が聞こえてくる。

「一昨日届いたんだけど、こういうのはここで処理してくれてんじゃないのか?」
「……社会保険料の未納通知ですね。すでに金額が出てる物に関しては関与できないですね。うちはその金額が算出されるまでのお手伝いをさせていただくだけですから。片岡さん、今年に入ってから毎月の社会保険料の支払いされてないみたいですね」
「それって、放っておくと延滞金がつくやつか?」
「ああ、もうついてます。まだそれほど大きくはないので、早いところ支払った方がいいですよ。でないと取引先にも通知が行きますし、売掛金を差し押さえられますから」
「はぁっ?! こっちは信用で商売してんだ、そんなことされたら来年の仕事が無くなるじゃねえかよ」
「毎年年度末になれば、6月分からの納入書がまとめて届いてるはずなんですが?」
「年度末って、そんな何か月も前のこと覚えてるわけないだろうがっ!」

 淡々と説明する宏樹の口調が気に食わなかったらしい片岡が、なぜか急に逆上し始める。払うべき物を払っていなかったのが悪いのだが、自分のミスを冷静に指摘されたのが許せなかったのだろう。

「ダメだ。先生との相性が悪いからこんなことになんだよ」
「そうなんでしょうか?」

 意味の分からない話題のすり替えに、宏樹が呆れ気味に相槌を打つ。

「ああ、相性は最悪だな。もう前の事務所に戻してくれ。ここは場所も悪いし来るのも面倒だ」
「うちとしては構いませんよ。片岡さんからそう申し出ていただければ。向こうと話がついたら連絡いただけますか。お預かりしている帳簿類を引き継ぎますから」

 転所をさらっと了承してしまう宏樹に、片岡が「うっ……」と反論の言葉を詰まらせる。契約解除をちらつかせれば、何か巧いこと処理してくれるのかもと図ってみたが、逆にあっさりと切り捨てられてしまい言い返せないでいた。
 彼自身、前の会計事務所は迷惑客扱いを受けて出禁寸前だった自覚があるようだ。業務委託料の支払いが滞ったのは一度や二度ではないのだから。
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