シングルマザーになった途端、義弟から愛され始めました

第七話・問題客

 インターフォンを連打する音が鳴り響いたのは、午後を少し回った時刻。騒々しい音に優香がギョッとしていると、宏樹がハァっと大袈裟なくらい大きな溜め息をつく。

「俺が対応するから、優香ちゃんは――できれば隠れてて欲しいとこだけど、隠れる場所ってないか……ハァ」

 とにかく何もしなくていいから、と優香が立ち上がりかけるのを手で制止する。段ボールの山も無くなり、すっきりと片付いたオフィスには大人が潜めるような場所はない。

「ちょっと、ややこしい客なんだ」
「あ、例の方?」
「……そう」

 宏樹の反応から、以前に聞いたことのある問題客が頭をよぎった。嫌そうな顔をしながら頷いて返す宏樹は、仕方ないと諦めきった様子でドアの鍵を開ける。
 ガンッと外側から勢いよく開かれた扉から、やや興奮気味の初老の男性が怒鳴りながら押し入ってくる。

「遅い! 客が来たら、さっさと開けんか!」
「片岡さん、本日は特にご予約いただいてませんよね?」
「予約なんてしてねぇ。いつ来れるかなんて前もって分かるかよ。年金事務所からまた訳分かんねえ封書が来たから、わざわざ持ってきてやったのに……」

 勧められてもいないのに、片岡はさも当たり前と商談スペースに入っていこうとする。その際、事務デスクに座っている見慣れない存在に気付いたらしい。そして、ニヤリと笑みを漏らした。

「お、ようやくここにも事務員を入れたのか。先生だけじゃ、むさ苦しかったからなぁ」
「さ、奥へどうぞ」
「先生、ああいうのがタイプか? もう口説き落としたのか?」
「いいから、さっさと掛けてくださいっ」

 半ば背中を押されるようにパーテーションの中へと消えて行った片岡は、「相変わらず愛想ねぇ事務所だなぁ」と愚痴を吐いている。地声が大きいのか、事務所中に片岡のダミ声が響く。

 宏樹からは何もしなくていいと言われていたが、優香は二人分の珈琲を用意してパーテーションの裏から「失礼します」と声を掛ける。口煩そうな客だったからインスタント珈琲では何か言われてしまいそうだったが、ここにはこれしか無いので仕方ない。

「お、来たか。こっち持ってきてくれ」

 宏樹が立ち上がった気配はしたが、客からそう言われてつい顔を出してしまったのは間違いだった。すぐに宏樹が珈琲の乗ったトレーを受け取って、自分の身体で優香のことを隠してくれたのは良かったが、めざとい片岡は見逃してはいなかった。

「なんだ、色気ない女だな。そんな長いスカート履いてねぇで、もっと脚出してサービスしろっての。会計事務所だって客商売なんだからよ」
「うちはそういう店じゃないです」

 即座に宏樹に否定されるが、片岡は平然とセクハラ発言を繰り返す。

「ほら、ここの隣に入ってる会社みたいに、事務員に制服を着させればいいんだよ。あそこのスカート、みんな短いだろ? そしたら先生も仕事のやる気がでるんじゃねえの?」

 今日の優香はロングのタイトスカートを履いていた。膝下まで後ろスリットが入っているから見た目よりは動きやすいが、正面からだけ見た片岡には堅苦しいファッションに思えたのかもしれない。
 そして、隣オフィスの制服のスカート丈が短いという意見には優香も同意だ。お隣は若い女性スタッフが多いらしく、制服も自由に着崩している人を見かけることがある。でも基本的には膝丈のはずだ。
< 17 / 32 >

この作品をシェア

pagetop