あなたの心が知りたい
「間違い」

 ライオスとの結婚は、マルグリットに苦痛しかもたらさなかった。
 唯一の功績は、あの子の存在だった。
 
 とにかくレジスにはこのまま彼女のことは忘れて、早くこの場から立ち去ってほしい。

(あの子を彼らに関わらせたくない)
 
 アルカラス家は、歴史ある伯爵家で伝統と格式を重んじる家柄だ。
 親からも勘当され、平民として生きるマルグリットとは、普通に暮らしていれば出会うことなどない筈だった。
 ライオスの葬儀に行ったばかりに、こんなことになった自分の迂闊さを悔やむ。
 
「もうアルカラスと私は何の関係もありません。私に何を求めるのですか? ライオスが死んだことを哀しんで涙を流せば満足ですか? でも生憎、私にはもう彼のために流す涙は、一滴も残っていません」
「そんなにライオスが憎いのか。薬物に溺れていたのを、なぜ言わなかった」
「言ってどうなりますか? 彼が薬に手を出したのは、私と結婚する前からです。彼の友人だったザクセンに聞けば、わかります。薬は彼から買っていましたから」
「ザクセンか。それは無理な話だ」
「何故ですか?」
「彼もライオスと同じ理由で、一緒に亡くなったからだ」
「ザクセンが? 彼と一緒に?」
「ライオスが何日も帰ってこないと、母上が相談に来て、あちこち探して見つけた時には、下町の薄汚い宿屋で彼と二人亡くなっていた」

(だとしたら、少しは寂しくなかったかしら。何しろ彼とライオスは…)

「ところで、ここが君の今の住処か?」

 レジスはマルグリットの背後にある家を見上げ、彼女に視線を戻した。

「雨露は凌げます。平民の暮らしとしてはマシな方です」

 蔑んでいるのか、哀れんでいるのか、相変わらず彼の表情からは読めなかった。
 その時、家の中から「かーしゃまぁ、どこー?」と言う声と共に、玄関の扉がギイと開いた。

「リオ」

 振り返ったマルグリットは、ひょこりと僅かに開いた扉から顔を覗かせた我が子をレジスの視界から遮るように、体を動かした。

「リオ、起きたのね。すぐに行くから家の中で待っていて」

 急いでリオに近づき、家の中へと押しやる。

(見えなかったわよね。どうか見られていませんように)

 リオが顔を出したのは、ほんの一瞬だった。レジスに見られていないことを、マルグリットは祈った。

「子供がいるのか」

 パタンと扉を閉めたマルグリットに、レジスが質問する。マルグリットは動揺が顔に現れていないことを願いつつ、レジスの方に向き直った。

「そうよ。お、夫は今は仕事で遠くに行って留守にしているけど、三人で仲睦まじく暮らしているわ」

 本当は夫などいない。でもそう思わせておいた方がいい。そして万が一にも夫に会わせろと言われないために、今はいないと言った。

「あまり私を見くびるな」

 まるで部下を叱責する上官のような口ぶりでそう言うと、レジスは一瞬で彼女のすぐ目の前まで詰め寄った。

「な、何を」

 頭一つ背の高い彼は、灰褐色の瞳に怒りを滾らせ、マルグリットを見下ろした。

 
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