あなたの心が知りたい
「み、見くびるなって、ど、どういう意味?」
「君の事情は知っている。夫などいないことも」
そうだった。動転して彼の言葉をすべて聞いていなかった。自分の迂闊さに唇を噛む。
「それに、私の動体視力は、飛ぶ鳥も走り抜ける鹿も捕らえて矢で射貫く。君はうまく隠したつもりだろうが、無駄だったな。そこをどけ」
威圧的な空気を漂わせ、レジスが言い放つ。
「ど、どうして。何の権利があって…人の家に」
「それは君が一番良く知っているだろう。さあ、そこをどいてくれ」
「さ、触らないで」
レジスがマルグリットの肩を掴み、扉の前から動かそうとするのを彼女は必死で抵抗した。
しかし、力で適う相手ではなく、あっけなく扉の前から押し退けられた。
「あの子は間違いなくアルカラスの血統だ」
やはり彼はあの一瞬を見逃さなかった。
リオンの容姿は、ライオスに、そしてレジスにあまりに似過ぎていた。
「妊娠していたことを、いつ知った?」
マルグリットはもう逃げられないと諦めた。
「追い出される少し前から具合がおかしいと思っていたけど、妊娠を知ったのはあの家を出た後よ」
あの日、具合が悪いのにポリアナに無理に夜会に連れ出された。何とか会場に着いたものの、馬車に酔って到着して早々に、休憩室で休んでいた。
その時、あの事件が起った。
「ずっと一人で…」
「頼れる人などいないもの」
アルカラス家から追い出され、実家にも戻ってくるなと言われ、あてどもなくさ迷っていた。
広場の片隅で虚ろになって据わっていると、声をかけてくれたのが彼女が働いている酒場の女将さんだった。
彼女も苦労してきたからか、マルグリットのことを親身になって心配してくれた。
血の繋がった身内より、他人の温かさが身にしみた。
ガチャリとさっき閉ざした扉をレジスが開いた。
「か、かーさま、ふえ」
「リオ」
扉の前にまだいたリオが、威圧的に立つレジスに怯え泣き出した。マルグリットはレジスの脇をすり抜け、我が子に駆け寄りぎゅっと抱きしめた。
「いい子。ほら、かーさまはここにいるわ」
「かーさまぁ」
ぎゅっと自分に縋り付いて、肩に顔を埋めるリオの頭を、マルグリットは優しく撫でた。
「リオ、かあさまはこのおじさんと話をしているの。暫く部屋に行っていてくれる?」
「うん」
泣き止んだ息子を諭し、マルグリットはこれからレジスと対決すべく、覚悟を決めた。
「髪の色と顔。私たちの…ライオスの幼い頃そっくりだ」
レジスも馬鹿でない。幼い子供に聞かせない方がいいと判断したのか、リオが行ってしまうまで何もしゃべらずいてくれた。
そんな気遣いが出来るなら、もしかしたら見逃してくれるだろうかと、淡い期待を抱く。
「あの子のこと、侯爵夫妻には?」
「まだ話していない。君に子供がいることはわかったが、父親が誰かわからないからな」
不貞を働いた事実から推測される可能性について、他でもない彼からはっきり言われ、マルグリットは傷ついた。
「まずは君と話してからと思っていた。今の母はライオスを失った哀しみに溺れている。もしライオスの息子がいると知ったら、何が何でも押しかけて来るだろう」
「あの子は私の子です」
彼の気遣いに感謝する気にはなれない。結局遅かれ早かれリオのことは知られてしまう。
無駄な抵抗と知りつつ答えた。彼女はこれを恐れていた。
彼らの幼い頃のことは知らないが、生まれたリオの髪の色を見た時、どうして、と神を呪わざるを得なかった。
いつか、彼らにこの子のことがばれたら、すぐにアルカラス家の血筋だと知られてしまう。そうしたら、この子を奪われるのではと思った。
その不安はあの子が成長するにつれ、大きくなった。
だんだんと、顔立ちが父親に似てきたからだ。
「私が一人であの子を産み、育てています。父親は関係ありません」
「なぜ黙っていた。この子を見せれば、君は」
「子供がアルカラス家の血筋だとわかっても、私に着せられた罪が消えるわけではありません。あの子を取り上げられ、二度と会えなくなるだけ。あなたたちが求めるのは、私ではなく、あの子だけなのですから。そうでしょう?」
始めから花嫁として、求められていたわけではなかった。
マルグリットがライオスの花嫁になったことを、喜ぶ者は誰もいなかった。皆が皆、マルグリットがライオスの花嫁になりたいがため、あの事件を仕組んだのだろうと、疑わなかった。
一番辛かったのは、レジスにも周りと同じように思われていたことだった。
「子供を取り上げられ、二度と会えなくなるなんて耐えられなかった」
「しかし、あの子はアルカラス家の血を引く、正統な後継ぎだ。その権利をあの子から奪うのか」
「後継ぎが必要なら、アルカラス侯爵夫人が認めた花嫁を迎えて、その人に産んでもらえばいいでしょう」
「だが、ライオスは母上がどんな女性を紹介しても、『うん』とは言わなかった。裏切られても、彼は君のことを…」
「彼が、私を愛していたとでも言いたいの? それは違うわ。彼は私を愛してなどいなかった」
「なぜそう言い切れる」
「それは、彼が私に直接そう言ったからよ」
「どういうことだ?」
レジスは意味がわからないと、眉根を寄せてマルグリットを見る。
「さあ、そこまでは知らないわ。彼に聞いてみないと…もう無理だけど」
本当は知っているが、それをレジスにも誰にも言うつもりはない。彼が死んだなら尚更だ。
「それに、ライオスが無理でも、あなたがいるでしょ。あなたもアルカラス家の人間だし、長男だもの。あなたが結婚して子供をつくればいいだけじゃない」
たとえ両親が長男より次男を溺愛し、ライオスに爵位を譲りたがっていたとしても、血統を残すためならレジスでも出来る。
「それも無理だ」
しかし、そんなマルグリットの言葉を、レジスは否定した。
「君の事情は知っている。夫などいないことも」
そうだった。動転して彼の言葉をすべて聞いていなかった。自分の迂闊さに唇を噛む。
「それに、私の動体視力は、飛ぶ鳥も走り抜ける鹿も捕らえて矢で射貫く。君はうまく隠したつもりだろうが、無駄だったな。そこをどけ」
威圧的な空気を漂わせ、レジスが言い放つ。
「ど、どうして。何の権利があって…人の家に」
「それは君が一番良く知っているだろう。さあ、そこをどいてくれ」
「さ、触らないで」
レジスがマルグリットの肩を掴み、扉の前から動かそうとするのを彼女は必死で抵抗した。
しかし、力で適う相手ではなく、あっけなく扉の前から押し退けられた。
「あの子は間違いなくアルカラスの血統だ」
やはり彼はあの一瞬を見逃さなかった。
リオンの容姿は、ライオスに、そしてレジスにあまりに似過ぎていた。
「妊娠していたことを、いつ知った?」
マルグリットはもう逃げられないと諦めた。
「追い出される少し前から具合がおかしいと思っていたけど、妊娠を知ったのはあの家を出た後よ」
あの日、具合が悪いのにポリアナに無理に夜会に連れ出された。何とか会場に着いたものの、馬車に酔って到着して早々に、休憩室で休んでいた。
その時、あの事件が起った。
「ずっと一人で…」
「頼れる人などいないもの」
アルカラス家から追い出され、実家にも戻ってくるなと言われ、あてどもなくさ迷っていた。
広場の片隅で虚ろになって据わっていると、声をかけてくれたのが彼女が働いている酒場の女将さんだった。
彼女も苦労してきたからか、マルグリットのことを親身になって心配してくれた。
血の繋がった身内より、他人の温かさが身にしみた。
ガチャリとさっき閉ざした扉をレジスが開いた。
「か、かーさま、ふえ」
「リオ」
扉の前にまだいたリオが、威圧的に立つレジスに怯え泣き出した。マルグリットはレジスの脇をすり抜け、我が子に駆け寄りぎゅっと抱きしめた。
「いい子。ほら、かーさまはここにいるわ」
「かーさまぁ」
ぎゅっと自分に縋り付いて、肩に顔を埋めるリオの頭を、マルグリットは優しく撫でた。
「リオ、かあさまはこのおじさんと話をしているの。暫く部屋に行っていてくれる?」
「うん」
泣き止んだ息子を諭し、マルグリットはこれからレジスと対決すべく、覚悟を決めた。
「髪の色と顔。私たちの…ライオスの幼い頃そっくりだ」
レジスも馬鹿でない。幼い子供に聞かせない方がいいと判断したのか、リオが行ってしまうまで何もしゃべらずいてくれた。
そんな気遣いが出来るなら、もしかしたら見逃してくれるだろうかと、淡い期待を抱く。
「あの子のこと、侯爵夫妻には?」
「まだ話していない。君に子供がいることはわかったが、父親が誰かわからないからな」
不貞を働いた事実から推測される可能性について、他でもない彼からはっきり言われ、マルグリットは傷ついた。
「まずは君と話してからと思っていた。今の母はライオスを失った哀しみに溺れている。もしライオスの息子がいると知ったら、何が何でも押しかけて来るだろう」
「あの子は私の子です」
彼の気遣いに感謝する気にはなれない。結局遅かれ早かれリオのことは知られてしまう。
無駄な抵抗と知りつつ答えた。彼女はこれを恐れていた。
彼らの幼い頃のことは知らないが、生まれたリオの髪の色を見た時、どうして、と神を呪わざるを得なかった。
いつか、彼らにこの子のことがばれたら、すぐにアルカラス家の血筋だと知られてしまう。そうしたら、この子を奪われるのではと思った。
その不安はあの子が成長するにつれ、大きくなった。
だんだんと、顔立ちが父親に似てきたからだ。
「私が一人であの子を産み、育てています。父親は関係ありません」
「なぜ黙っていた。この子を見せれば、君は」
「子供がアルカラス家の血筋だとわかっても、私に着せられた罪が消えるわけではありません。あの子を取り上げられ、二度と会えなくなるだけ。あなたたちが求めるのは、私ではなく、あの子だけなのですから。そうでしょう?」
始めから花嫁として、求められていたわけではなかった。
マルグリットがライオスの花嫁になったことを、喜ぶ者は誰もいなかった。皆が皆、マルグリットがライオスの花嫁になりたいがため、あの事件を仕組んだのだろうと、疑わなかった。
一番辛かったのは、レジスにも周りと同じように思われていたことだった。
「子供を取り上げられ、二度と会えなくなるなんて耐えられなかった」
「しかし、あの子はアルカラス家の血を引く、正統な後継ぎだ。その権利をあの子から奪うのか」
「後継ぎが必要なら、アルカラス侯爵夫人が認めた花嫁を迎えて、その人に産んでもらえばいいでしょう」
「だが、ライオスは母上がどんな女性を紹介しても、『うん』とは言わなかった。裏切られても、彼は君のことを…」
「彼が、私を愛していたとでも言いたいの? それは違うわ。彼は私を愛してなどいなかった」
「なぜそう言い切れる」
「それは、彼が私に直接そう言ったからよ」
「どういうことだ?」
レジスは意味がわからないと、眉根を寄せてマルグリットを見る。
「さあ、そこまでは知らないわ。彼に聞いてみないと…もう無理だけど」
本当は知っているが、それをレジスにも誰にも言うつもりはない。彼が死んだなら尚更だ。
「それに、ライオスが無理でも、あなたがいるでしょ。あなたもアルカラス家の人間だし、長男だもの。あなたが結婚して子供をつくればいいだけじゃない」
たとえ両親が長男より次男を溺愛し、ライオスに爵位を譲りたがっていたとしても、血統を残すためならレジスでも出来る。
「それも無理だ」
しかし、そんなマルグリットの言葉を、レジスは否定した。