あなたの心が知りたい
「君はずっとあの子と二人で暮らしてきたのか? 子供を身籠もってどうやって?」
「家を追い出される際、いくつか宝石を持ち出しました。それを売って何とか。この家もそのお金で買いました」
持ち出した宝石は、たったひとつを残して全て売ってしまった。今は日銭を稼いで凌いでいる。
「苦労…したのだな」
「苦労?」
レジスの言葉を聞いて、マルグリットは考えた。金銭的には苦労があったかも知れないが、世の中には色々な事情を抱えた人がいることを知り、自分の悩みが大したことないことを知った。
「確かに、貴族の方々から見たら、苦労しているように見えるかも知れませんが、実家や婚家で蔑まれながら暮らしていた頃より、ずっと気が楽です」
リオと二人の生活は、マルグリットの心に平穏をもたらした。
「ですから、私は今、幸せなのです」
「たとえそうだとしても、君の子は、君だけの子ではなく、アルカラスの子でもある。君が勝手にその子の未来を決めていいのか。その子にも自分の生い立ちについて知り、選ぶ権利があるはずだ」
「…!!!」
マルグリットは言葉の呑み込んだ。彼の言うことも、ある意味正論だった。しかし、マルグリットは再びあの場所に戻る勇気は無い。
「たとえそうだとしても、あそこには誰も私の味方はいません。リオにとってもいい場所か分からない所に行くくらいなら」
「私がいる」
「え?」
「いずれにしても、私はアルカラス家を継ぐ。私が傍にいる。以前は護れなかったが、今度は必ず君と、あの子を護る。勝手な言い分に聞こえるかもしれないが、私と共にもう一度、戻ってきてくれないだろうか」
レジスはそう言って、マルグリットに右手を差し出した。
「レ、レジス」
マルグリットは固まったまま、その手を見つめた。大きく頼りがいのあるその手は、本当に自分と我が子を護ってくれるのだろうか。
「かーしゃまぁ」
「リオ」
なかなか母親が来ないことに痺れを切らしたのか、再びリオンがやって来た。
リオは母親と共にいるレジスを警戒しつつ、母親に近づいた。
「かーしゃま、このひと、だあれ?」
「この人は…」
「私は君の父親の兄。君の伯父だ」
「レジス!!」
マルグリットが言う前に、それを奪ってレジスが言った。
「おじ? ちち…おや? あに?」
全部の言葉の意味が理解出来ないリオは、不思議そうに母親の背後からレジスを見上げた。
「レジス、いきなりやめてください。この子には父親は既に亡くなっていると教えています」
「父親が亡くなっているのは、嘘ではない。時期が少し前後しているだけで」
「そ、それは…そうだけど」
リオは自分の影に隠れながらも、レジスに興味があってじっと見上げている。色々なものに興味があって、日頃から何でも質問しまくる。
「ぼくと…おんなじ?」
リオは自分の髪をいじり、それからレジスを見る。
「そうだね。同じだ」
レジスは片膝を突いて、肩下辺りまで伸びた金髪を一房掴み、振って見せた。
「初めまして、私はレジスという。君は?」
「ぼくはリオだよ。レジュス」
「レジス」という発音は三歳児には難しいらしく、うまく彼の名を言えなかった。
「君はいくつかな?」
「えっとね…さ、さんしゃい」
リオは人差し指、中指、薬指三本を器用に立てて、レジスに突き出した。
「そうか。偉いな」
レジスに褒められて、リオはにっこり笑った。
「この子は豪胆だな。さっきは泣きそうだったのに。子供は大抵私を見ると、すぐに泣き出すのだが」
「あなたみたいに背の高い男性に威圧的に立たれたら、子供でなくても怖がるわ」
その上軍人として身につけた覇気のようなものが、更に威圧的な雰囲気を醸し出している。
表情が読み取りにくいその風貌も、またそれに一役買っている。
「リオ、おじさんの所に来ないか?」
「レジス!」
レジスがいきなり自分を無視し、リオンを誘った。
「おじさんの…所?」
「君のお父さんの家でもある」
「ぼくの…?」
「勝手なこと言わないで」
しかし文句を言おうとしたマルグリットを、レジスは振り返って意外なことを告げた。
「ライオスが亡くなって、母はその悲しみに心の臓の発作を起こした。医者は次に大きな発作が起れば、命の保証はないと言っている。君とリオに今出会えたのは、運命だ。今ならまだ間に合う」
「侯爵夫人が?」
「頼む」
思い浮かぶのは、ライオスを溺愛し、マルグリットを嫌い冷たい態度を取り続けた厳しい夫人の姿。彼女のあの鋭い視線に向き合う度、萎縮した自分を情けなく思っていた。
四年経って、色々なことを乗り越えてきた今、自分はあの視線と正面切って向き合うことが出来るだろうか。
「一週間後、迎えに来る。それまでにここを引き払う用意をしておいて」
「一週間! そんな急に」
「逃げないように。念のため見張りをつけておく」
有無を言わせず、レジスは立ち去った。
「家を追い出される際、いくつか宝石を持ち出しました。それを売って何とか。この家もそのお金で買いました」
持ち出した宝石は、たったひとつを残して全て売ってしまった。今は日銭を稼いで凌いでいる。
「苦労…したのだな」
「苦労?」
レジスの言葉を聞いて、マルグリットは考えた。金銭的には苦労があったかも知れないが、世の中には色々な事情を抱えた人がいることを知り、自分の悩みが大したことないことを知った。
「確かに、貴族の方々から見たら、苦労しているように見えるかも知れませんが、実家や婚家で蔑まれながら暮らしていた頃より、ずっと気が楽です」
リオと二人の生活は、マルグリットの心に平穏をもたらした。
「ですから、私は今、幸せなのです」
「たとえそうだとしても、君の子は、君だけの子ではなく、アルカラスの子でもある。君が勝手にその子の未来を決めていいのか。その子にも自分の生い立ちについて知り、選ぶ権利があるはずだ」
「…!!!」
マルグリットは言葉の呑み込んだ。彼の言うことも、ある意味正論だった。しかし、マルグリットは再びあの場所に戻る勇気は無い。
「たとえそうだとしても、あそこには誰も私の味方はいません。リオにとってもいい場所か分からない所に行くくらいなら」
「私がいる」
「え?」
「いずれにしても、私はアルカラス家を継ぐ。私が傍にいる。以前は護れなかったが、今度は必ず君と、あの子を護る。勝手な言い分に聞こえるかもしれないが、私と共にもう一度、戻ってきてくれないだろうか」
レジスはそう言って、マルグリットに右手を差し出した。
「レ、レジス」
マルグリットは固まったまま、その手を見つめた。大きく頼りがいのあるその手は、本当に自分と我が子を護ってくれるのだろうか。
「かーしゃまぁ」
「リオ」
なかなか母親が来ないことに痺れを切らしたのか、再びリオンがやって来た。
リオは母親と共にいるレジスを警戒しつつ、母親に近づいた。
「かーしゃま、このひと、だあれ?」
「この人は…」
「私は君の父親の兄。君の伯父だ」
「レジス!!」
マルグリットが言う前に、それを奪ってレジスが言った。
「おじ? ちち…おや? あに?」
全部の言葉の意味が理解出来ないリオは、不思議そうに母親の背後からレジスを見上げた。
「レジス、いきなりやめてください。この子には父親は既に亡くなっていると教えています」
「父親が亡くなっているのは、嘘ではない。時期が少し前後しているだけで」
「そ、それは…そうだけど」
リオは自分の影に隠れながらも、レジスに興味があってじっと見上げている。色々なものに興味があって、日頃から何でも質問しまくる。
「ぼくと…おんなじ?」
リオは自分の髪をいじり、それからレジスを見る。
「そうだね。同じだ」
レジスは片膝を突いて、肩下辺りまで伸びた金髪を一房掴み、振って見せた。
「初めまして、私はレジスという。君は?」
「ぼくはリオだよ。レジュス」
「レジス」という発音は三歳児には難しいらしく、うまく彼の名を言えなかった。
「君はいくつかな?」
「えっとね…さ、さんしゃい」
リオは人差し指、中指、薬指三本を器用に立てて、レジスに突き出した。
「そうか。偉いな」
レジスに褒められて、リオはにっこり笑った。
「この子は豪胆だな。さっきは泣きそうだったのに。子供は大抵私を見ると、すぐに泣き出すのだが」
「あなたみたいに背の高い男性に威圧的に立たれたら、子供でなくても怖がるわ」
その上軍人として身につけた覇気のようなものが、更に威圧的な雰囲気を醸し出している。
表情が読み取りにくいその風貌も、またそれに一役買っている。
「リオ、おじさんの所に来ないか?」
「レジス!」
レジスがいきなり自分を無視し、リオンを誘った。
「おじさんの…所?」
「君のお父さんの家でもある」
「ぼくの…?」
「勝手なこと言わないで」
しかし文句を言おうとしたマルグリットを、レジスは振り返って意外なことを告げた。
「ライオスが亡くなって、母はその悲しみに心の臓の発作を起こした。医者は次に大きな発作が起れば、命の保証はないと言っている。君とリオに今出会えたのは、運命だ。今ならまだ間に合う」
「侯爵夫人が?」
「頼む」
思い浮かぶのは、ライオスを溺愛し、マルグリットを嫌い冷たい態度を取り続けた厳しい夫人の姿。彼女のあの鋭い視線に向き合う度、萎縮した自分を情けなく思っていた。
四年経って、色々なことを乗り越えてきた今、自分はあの視線と正面切って向き合うことが出来るだろうか。
「一週間後、迎えに来る。それまでにここを引き払う用意をしておいて」
「一週間! そんな急に」
「逃げないように。念のため見張りをつけておく」
有無を言わせず、レジスは立ち去った。


