婚約破棄されたら「血みどろ騎士」に求婚されました
「以前、領地でお会いしたことを覚えているだろうか? 雪が積もる頃合いに」

 勿論、とアニスは頷いた。

「わたくしが視察に向かう途上で、雪崩が起きてしまって……辺境伯様が自ら、立ち往生していたわたくしどもを迎えに来てくださいましたね」
「ああ。そのときも途中で野盗が現れて、俺は昨日と同じように血塗れのまま貴女の前に立ったんだ」

 吹雪に見舞われ、城へ続く旧街道が雪崩によって塞がれてしまい、どうしたものかと護衛騎士たちと途方に暮れていたときだった。
 いつから目を付けられていたのか、森から野盗が現れたのだ。彼らがアニスの身柄を狙っていることは明らかで、万事休すかと思った瞬間──視界にいた野盗が一斉になぎ払われた。
 圧倒的な実力差をもって場を制圧したのは、当時まだ襲爵していなかったルディだったのだ。
 父の指示で迎えに来たと言う彼に、怯える暇すらなかったアニスは呆然と頷いたことを覚えている。

「……あの後、ご令嬢の目の前で賊の首を切るなど有り得ない、配慮しろと父に叱られてな。ショックで気絶でもしたらどうすると」
「まぁ」
「確かに一理あると思って、貴女が体調を崩していないか確かめに行ったんだ。そしたら、廊下でお付きのメイドたちが話しているのが聞こえて……」

 ──あの男、アニス様に賊の血を浴びせたのよ!
 ──「血みどろ騎士」って本当だったのね、おぞましいわ。
 窮地を救ってもらったにも関わらず、年若いメイドたちはルディの行動を「紳士的でない」だの「野蛮」だのと好き勝手に文句を言っていたようだ。
 過去のこととは言え、何て無礼なことをとアニスが青ざめたのも束の間。彼女の表情を見たルディが小さく微笑む。

「あのときも、今と同じような顔をしていた」
「えっ」
「命の恩人を悪し様に言うなんて、どうかしているとメイドを厳しく叱っていたよ」
「そう、でしたか」

 何と、既に叱責済みだった。ひとまず安心したが、そんなところをルディに見られていたのかと、気恥ずかしさが同時に込み上げる。
 アニスの気持ちを知ってか知らずか、ルディはやわらかな微笑を浮かべたまま続けた。

「それから、貴女はメイドたちを慰めた。恐怖心を紛らわせるために、彼らにその矛先を向けてしまったんでしょう、と」

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