婚約破棄されたら「血みどろ騎士」に求婚されました


 王宮の庭園でルディと話してからニ週間。
 アニスの日々は想像に反して穏やかなものだった。

 パトリックとの婚約が撤回された直後は釣書が送られてきたこともあったのだが、ルディ・ラングレンがアニス・リードに求婚したという噂が広がるにつれて、各所からのアピールは徐々に収まってきた。
 社交界もアニスには同情的で、そこでの話題はパトリックの横暴に対する批難が多数を占めているそうだ。これは夜会に出席した友人から聞いたことなので詳細は不明だが、こちらも少しすれば落ち着くだろう。
 何故なら、貴族の間では既に新たな王太子候補として第二王子オズウェルの名が挙げられ、耳聡い者たちはパトリックの処遇よりもそちらの動向に注目しているからだ。
 今まで散々パトリックに媚びを売ってきたくせに薄情だと言う者もいるだろうが、社交界など所詮はそんなもの。国を治める立場にない貴族は、如何に自分が生き残るかを最優先に考えるのが常である。王家もまた、それを理解した上で利用していく心積もりでなければ、あっという間に足を掬われるのだ。
 過去に教育係から聞かされた話を思い返しながら、アニスは知人からの手紙をまた一つ片づける。先日の一件を心配して、文をしたためてくれる者はそれなりにいた。彼らの気遣いに感謝の言葉を返し終わると、アニスは最後に残しておいた手紙をそっと開く。

 差出人は、言わずもがなルディだった。

「……今日もお花が入ってるわ」

 自然と笑みがこぼれる。
 薄紙で優しく挟むようにして入っていたのは、淡い水色の花弁が可愛らしい野花だった。アニスの瞳と同じ色の──わざわざ見つけて摘んでくれたのだろうかと、ルディがあの大きな体を縮めて慎重に野花に触れる姿を想像して、アニスはまた肩を揺らす。
 初めて花を贈られた際、とても可愛らしいから押し花にして保管すると伝えたところ、彼が毎回異なる花を手紙に添えてくれるようになったのだ。中にはアニスが知らないようなものもあって、こっそりと植物図鑑を取り寄せたのは内緒である。
 すっかり愛読書になってしまったその図鑑をぺらりと捲りつつ、アニスは手紙に目を通した。

『貴女の象牙色の髪に似た花はいくつも見つけたが、瞳は初めてだ。小さいけれど茎がしっかりとしていて、日に向かって真っ直ぐに伸びていた。摘むのが躊躇われるほどに』

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