婚約破棄されたら「血みどろ騎士」に求婚されました


 アニスがパトリックの婚約者となったのは、わずか八歳の頃だった。
 三つ年下の可愛らしい王子様は、アニスによく懐いた。何をするにもアニスと一緒が良いと言って、勉強も遊びもお昼寝にも付き合わされたが、決して苦ではなかった。
 むしろ弟ができたようで楽しかったし、こちらを信頼してくれていることが感じられて嬉しくなったものだ。
 しかし、そうして二人で無邪気に遊んでいられたのは、ごく僅かな時間だった。

「アニス様、貴女は王国で最も高貴な女性となられる御方です。品位を欠いた行動は慎まれますよう」

 ほどなくして始まった王太子妃教育は、幼い少女にとって非常に厳しいものだった。
 常に美しい立ち姿を維持しろ、大口を開けてはならないが笑みは絶やすな、パトリックの隣ではなく斜め後ろを歩け、人から見られることを意識して行動しろ、などとさまざまな指導をされた。
 それが貴族の、ひいては王太子妃に求められる振る舞いなのだと言われれば、アニスは従うほかなかった。
 この教育は王太子妃への道のりにおいて単なる始まりに過ぎず、これを基盤に今後もっと多くの教養を身に付けなければならないのだから。
 こんなところで弱音を吐いている場合ではないと、アニスは必死に食らいついた。宮廷作法やダンスレッスンなどの淑女教育だけでなく、外交に役立つであろう歴史学や複数の言語学の講義もスケジュールに組み込まれ、十歳前後の子供にはおおよそ似つかわしくない多忙な日々を送ることとなった。

「アニス……大丈夫? 疲れてない?」
「大丈夫です。パトリック様をお支えできるよう、わたくし、頑張りますね」

 パトリックと過ごす時間は、めっきりと減った。
 以前のように二人で遊ぶことはなくなり、顔を合わせるのは週に一度の茶会だけ。
 アニスが王太子妃教育を受けてどんどん大人びていくにつれて、パトリックがどこか寂しそうな顔をしていることには気付いていた。だが、ここで以前と同じように接してしまえば、そのことがまた教育係の耳に届いて叱られることだろう。
 近いうちに王太子教育が始まるパトリックのためにもならない。そう考えて、アニスは姉や友人ではなく、あくまで婚約者として振る舞うことにしたのである。

 ……まさかその決断が裏目に出るとは、当時は思いもしていなかったわけだが。
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