婚約破棄されたら「血みどろ騎士」に求婚されました
「──パトリックの立太子は取り消しとなった」
国王の第一声に、アニスは思わずよろめきそうになった。それでも辛うじて立っていられたのは、彼女にもうっすらとそんな予感がしていたからだ。
パトリックが王太子の資格を得る条件。それは単純に国王が指名するだけでは成り立たず、建国の功臣たる三つの公爵家から承認を得る必要があり、すなわちアニスの父もそこに含まれている。
娘が公衆の面前で恥辱を受けた今、パトリックにとって最大の後ろ盾だった父がその承認を取り下げたのは明らかだ。同時に、残る二つの公爵家も承認を保留へと差し戻したという。パトリックがいとも簡単に臣下の献身を蔑ろにしたことで、彼を王位に据えれば国の将来が危ぶまれると判断したのだろう。
彼らの判断は正しい。正しいが、今までパトリックのために身を粉にしてきたアニスは、何とも複雑な心境であった。
「三大公爵は王家の臣下であり、国を導くための秤。いわば均衡を保つものだ。彼らの合意なくば、いくら王家とて強行することは許されん。況してや──国と民を背負う覚悟もない女子を妃に据えるなど、言語道断」
国王はそこで言葉を区切ると、ため息まじりにかぶりを振った。
「……パトリックには荷が重かったようだ。王妃には悪いが、第二王子に期待するとしよう。あやつには暫しの謹慎を言い渡すが、アニス、それで構わぬか」
「あ……お気遣いいただき、ありがとうございます。ですが殿下の処遇に関しましては、陛下の裁量にお任せいたします。既に王太子の資格はく奪という重い罰が下されていらっしゃいますし……わたくしは、これ以上何も」
弟のように思っていた彼が、こんなことになるなんて。胸は痛むが、婚約を解かれた自分にはどうしようもないし、するつもりもない。
もうパトリックにはエブリンという恋人もいることだし、どうか二人で苦難を乗り越えてほしいものだとアニスは睫毛を伏せる。
それに第二王子といえば──側妃の子オズウェルのことだろう。正妃の嫡子であるパトリックがいることであまり注目されていなかったが、彼は士官学校でとても優秀な成績を修めていると聞く。彼の婚約者メアリーとはよく茶会を共にする仲で、惚気話を聞くこともしばしばあった。
彼らなら、少なくとも自分たちのような酷い状況には陥らないだろう──と、無意識的に王家の行く末を案じてしまったアニスは、心の内で苦笑をこぼした。
(こういうところが、パトリック様を誤解させてしまったのかしら。彼よりも王家が大事なのかって……)
それとも、弟のように接していたのが悪かったのだろうか。今更考えても仕方のないことだが、どうにも気分が落ち込んでしまう。
まだ国王の御前なのだから、しっかりしなければと彼女が背筋を伸ばしたときだった。
「陛下、失礼いたします」
「ああ来たか。どれ、アニスよ。つまらん話は終わりにして、そこのデカブツと親睦を深めるとよい」
「デ……」
アニスが人生で一度も使ったことのない表現が飛び出し、ぎょっとしつつ後ろを振り返る。
謁見の間の入り口に立っていたのは、昨日の汚れた姿から一転、黒い正装に身を包んだルディ・ラングレンだった。
彼はアニスと目が合うや否や、右手を胸に当てて一礼した。
国王の第一声に、アニスは思わずよろめきそうになった。それでも辛うじて立っていられたのは、彼女にもうっすらとそんな予感がしていたからだ。
パトリックが王太子の資格を得る条件。それは単純に国王が指名するだけでは成り立たず、建国の功臣たる三つの公爵家から承認を得る必要があり、すなわちアニスの父もそこに含まれている。
娘が公衆の面前で恥辱を受けた今、パトリックにとって最大の後ろ盾だった父がその承認を取り下げたのは明らかだ。同時に、残る二つの公爵家も承認を保留へと差し戻したという。パトリックがいとも簡単に臣下の献身を蔑ろにしたことで、彼を王位に据えれば国の将来が危ぶまれると判断したのだろう。
彼らの判断は正しい。正しいが、今までパトリックのために身を粉にしてきたアニスは、何とも複雑な心境であった。
「三大公爵は王家の臣下であり、国を導くための秤。いわば均衡を保つものだ。彼らの合意なくば、いくら王家とて強行することは許されん。況してや──国と民を背負う覚悟もない女子を妃に据えるなど、言語道断」
国王はそこで言葉を区切ると、ため息まじりにかぶりを振った。
「……パトリックには荷が重かったようだ。王妃には悪いが、第二王子に期待するとしよう。あやつには暫しの謹慎を言い渡すが、アニス、それで構わぬか」
「あ……お気遣いいただき、ありがとうございます。ですが殿下の処遇に関しましては、陛下の裁量にお任せいたします。既に王太子の資格はく奪という重い罰が下されていらっしゃいますし……わたくしは、これ以上何も」
弟のように思っていた彼が、こんなことになるなんて。胸は痛むが、婚約を解かれた自分にはどうしようもないし、するつもりもない。
もうパトリックにはエブリンという恋人もいることだし、どうか二人で苦難を乗り越えてほしいものだとアニスは睫毛を伏せる。
それに第二王子といえば──側妃の子オズウェルのことだろう。正妃の嫡子であるパトリックがいることであまり注目されていなかったが、彼は士官学校でとても優秀な成績を修めていると聞く。彼の婚約者メアリーとはよく茶会を共にする仲で、惚気話を聞くこともしばしばあった。
彼らなら、少なくとも自分たちのような酷い状況には陥らないだろう──と、無意識的に王家の行く末を案じてしまったアニスは、心の内で苦笑をこぼした。
(こういうところが、パトリック様を誤解させてしまったのかしら。彼よりも王家が大事なのかって……)
それとも、弟のように接していたのが悪かったのだろうか。今更考えても仕方のないことだが、どうにも気分が落ち込んでしまう。
まだ国王の御前なのだから、しっかりしなければと彼女が背筋を伸ばしたときだった。
「陛下、失礼いたします」
「ああ来たか。どれ、アニスよ。つまらん話は終わりにして、そこのデカブツと親睦を深めるとよい」
「デ……」
アニスが人生で一度も使ったことのない表現が飛び出し、ぎょっとしつつ後ろを振り返る。
謁見の間の入り口に立っていたのは、昨日の汚れた姿から一転、黒い正装に身を包んだルディ・ラングレンだった。
彼はアニスと目が合うや否や、右手を胸に当てて一礼した。