恋も仕事も奪われた私ですが、お忍び社長に愛されているようです
 翌日、私は改めてY社に向かうことにした。
 天才プログラマーらしい美山さんの力を借りれば、納期は間に合いそうだ。ただ予算はしっかりいただかなくてはいけない。でもその予算に見合う魅力的な提案をする自信がある。
 だけど……担当者と話すのは怖い。
「もう君は来なくていいから」と冷たく放たれた言葉を思い出すと身はすくむ。やっぱり話術は心許ないし、威圧的な態度を取られてもうまく話せるだろうか。大丈夫、大丈夫だよ。自分に言い聞かせながら自社のビルを出る。

「吉平」
 声をかけられた気がしてきょろきょろと周りを見渡す。……おかしいな。美山さんの声が聞こえたと思ったのに。そう思って周りを見渡してみるけれどそれらしき人はいない。

「吉平!」
 気のせいかと思ったが、やはり声はどこからか聞こえてくる。
 もう一度ぐるりと見渡すと、一人の男性と目が合った。……私の見間違いでなければ、その人は私に向かって手をあげている。
 間違いなく彼は私を見ている。だけど私は彼を見たことはない。
 上品なダークグレーのスーツを着こなした、すらりとした長身の男性。艶やかな黒髪を後ろに流してたオールバックで、整えられた眉と涼やかな瞳から意志の強さが読み取れる。少し離れた位置からでもとんでもなく美形なことがわかり、そのスタイルの良さと顔立ちから考えるに俳優かモデルかもしれない。通りすがる女性たちがちらちらとみている。 
 戸惑っているうちに彼はつかつかとこちらに向かって歩いてきた。

「おいシカトすんな」
「え……」
 
 知らない人だ。知らない人のはずだった。だけどこうして隣に来ると〝いつもの〟雰囲気が流れる。それにこの低い声は。
< 19 / 43 >

この作品をシェア

pagetop