恋も仕事も奪われた私ですが、お忍び社長に愛されているようです
「え、もしかして美山さん?」
「そうだが」
「え……えぇ?」
「Y社に行くんだろ。俺も同行する」
「えっ」
「クレーム対応は上司がいた方がいいだろ」

 Y社のことが一瞬頭から抜け落ちるほどに、美山さんの変化に驚いてしまった。今から私は決戦なのである。まずはY社のことだけ考えなくては。頭の中に浮かぶハテナをなんとか隅に追いやって、私は駅に向かって歩き始めた。


 結論から言うと、Y社との打ち合わせはすんなり終わった。 
 美山さんが私の上司を名乗り謝罪すると、担当者も「わざわざお越しいただいて……」と名刺を見ながら機嫌をよくしたようだ。プログラマーの名刺ではなく、別の物を用意していたらしい。
 そして私の代替案も気に入っていただけた。元々の予算より多くいただくことも納得していただけて、スムーズに打ち合わせは終了したのだ。
 
「美山さん、ありがとうございました」
「吉平の企画が良かったからな」
「美山さん、営業スキルもすごくて驚きました」

 いつもの口調とは異なり、はきはきと喋るその姿を見れば百人中百人が彼が仕事ができる営業マンだと思うだろう。
 それに今日はいつものジャージも着ていないし、重くるしい前髪もなく、うさい臭いサングラスだってかけていない。ひどい猫背が嘘のように胸を張り、モデルのような外見はオーラもある。

「この後仕事ないだろ。このまま食事でも行くか」
「え」
「社に何か置いてきたか?」
「いえ、直帰するつもりでした」
「ならいいだろ。俺の気に入ってる店があるから行こうか」

 美山さんはそう言うと私の返事を待たずにタクシーを止めた。見た目は違ってもマイペースさは変わりなかった。
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