恋も仕事も奪われた私ですが、お忍び社長に愛されているようです
 美山さんは微笑みながら私を見つめた。前髪がない瞳を直接見ると、緊張してしまう。

「彼女って」
「もちろんなずなのことだけど」
「……そうなんですか?」
「ひどいな。昨日のことを忘れた?」
「覚えてはいますけど」

 戸惑う私が座っている椅子を、美山さんは自分の方に引き寄せた。身体が椅子ごと近づき、開かれた彼の足の隙間にすっぽりと収まってしまう。

「あ、あの…」
「伝わらなかったなら証明しておこうかと思って」
「だ、大丈夫です。伝わりました」
「それで?俺の彼女で問題ないか?」

 見上げるといたずらに微笑んだ美山さんの顔が目前にあった。……抗えない。私が小さく頷くとそのまま腕が回される。

「業務中ですよ」
「休憩時間だ」
「会社の中なので」
 
 とんとんと胸を軽く叩くと、すんなりと身体は解放された。自分からダメだと言ったのに、離れた熱を寂しく思ってしまう自分に気づく。

「会社以外ならいいんだな?」
「揚げ足をとらないでください」
「言質を取っただけだ。それで?」

 恥ずかしくて顔を見ることができない。だけど熱い瞳がこちらを見ているのがわかる。私は目をそらしたまま頷いた。


 
 私が彼女だと宣言してからも、何度か女性社員に話しかけられていた美山さん。業務に関係ないことであれば全て無視するか、「うるさい」と低い声で追い払ううちに、誰も彼に寄りつかなくなった。
 美山さんは彼女ができれば断れる理由ができるから、と言っていたけど。ここまではっきりと言動に出せるのであれば、理由などなくてもよかったんじゃないだろうか。
 
 恋人になったらしい私たちの関係もほとんど進展はない。私は新規事業コンペの準備に追われていたし、彼もやることがあるからとすぐに帰社する。
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