激甘バーテンダーは、昼の顔を見せない。



「綾乃さん、お待たせしました」
「和孝さん…わざわざありがとうございます」
「本業の休みが取れたので丁度良かったです。荷物、運びましょう」



西條産業開発株式会社の受付前。

私物を持ち帰る私を手伝ってくれる為、東郷さんが会社を訪れてくれていた。



荷物は段ボール3箱分。
意外にも私物を置きすぎていて、思わず笑いが零れる。





「…あっ、え…………」



受付から聞こえてきた、驚く声。


「黒木さん、どうされましたか?」
「いや…その、綾乃様……」


黒木さんが指さした方向。



「……えっ……」



会社の玄関に、光莉さんが立っていた。



「み、光莉さん…」



身体中から血の気が引いていく感覚がした。


何故…また……。



「綾乃さん…良かった、まだ居て…。いや、今日退職すると小耳に挟んだんだ……。どうしても伝えたいことを…伝えたくて…」


そう言ってどんどん近付いてくる。

そんな光莉さんに黒木さんが駆け寄った。


「失礼ですが、藤山物産株式会社とはお取引を停止させて頂いております。社長の西條からの指示で、関係者を社内に入れることはできません。お引き取り下さい」


厳しく、睨みながら言い放つ。
しかし……その言葉は光莉さんに届いていなかった。


「綾乃さん、どうしても婚約して欲しい。両親に梨香子と付き合っていたことがバレて…勘当されそうなんだ……」


光莉さんは私に近付き、そこでやっと気付いた。



「…あれ……妊娠、してる?」



もうすぐ妊娠6ヶ月。
お腹も目立ち始めている。


光莉さんはその場に立ち止まり、呆然と私のお腹を眺めた。


「……はぁ」


そんな光莉さんを見て、東郷さんは小さく溜息をついた。

そしてゆっくり私の方に近づき…一言。




「俺の妻に、何か用ですか」




見たことの無い、冷たい表情の東郷さん。
そんな彼を見た光莉さんはまだ呆然としていた。


「……つ、ま…。というか、貴方は……東洋商事の、東郷和孝…!?」
「お気付き頂きありがとうございます。その通りです」
「何で……」


光莉さんは膝から崩れ落ちるように座り込む。

体を震わし、今にも泣き出しそうな表情をしていた。


「どうして君がそんな表情をしているのか、俺には一切分かりませんが。綾乃さんはもう、俺のものですから。二度と現れないで下さい。どうぞ、鷹宮梨香子とお幸せに」


そう言い放って、黒木さんに警備員を呼ぶよう指示を出した。


座り込んだままの光莉さんは、警備員によって強制的に追い出されたのだった…。






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