疫病神の恋
 小六のクリスマスイブの日、家族で買い物に出かけた。

 ふと見かけたテディベアに一目惚れした。「買ってあげようか?」と、後ろから父が覗き込んできて、「もう、あなたは幸に甘いんだから」と、母が優しく微笑む。

 今日はクリスマスだから特別だよ、と赤い袋に入れて丁寧にラッピングしてもらった。

 よく冷えた夜で、もしかしたらホワイトクリスマスになるかもしれないと、今朝の天気予報で言っていた。
 この坂道を登り切れば家に着くというところだった。
 三人で手を繋いで歩道を歩いていたら、大きなクラクションが耳を(つんざ)いた。
 そして誰かからドンと突き飛ばされて、意識が途切れた。

 意識を取り戻した時、そこは病院で、幸はひとりぼっちになっていた。

 医者と警察の人が来た。スリップした車が突っ込んできたこと。父と母はおそらく即死だったこと。幸がかすり傷で済んだのは、父と母が咄嗟に突き飛ばして助けてくれたからだということ。それを、まるで他人事のように聞いた。

 涙は出なかった。
 現実とは到底思えなくて、悪夢の中に閉じ込められているような気がしていたから。

 次に目が覚めればそこはあたたかい家で、父と母が笑っていて、みんなでクリスマスケーキを食べる。
 そこでやっと幸は泣くのだ。怖い夢を見た。夢でよかった。そう言って母に抱きつく。幸は弱虫だな、と父が大きな手で頭を撫でてくれる。

 だけどいつまでも目が覚めることはなくて、夢か現実かわからないまま、叔父の家に預けられることになった。

 盆正月だけにしか会ったことのない、父の弟、その家族。
 その家の一人娘の桃香は幸と同い年だったけど、仲良くなれなかった。

 小学校卒業まで残り三か月ほどだったけれど、叔父の家に引っ越したことで転校した。
 知らない人だけの中に放り込まれたことで、まるで、今までの自分から切り離されたような気がした。

 桃香と彼女の母親が、幸のことを疎ましく思っていることには気が付いている。
 突然他人が自分たちの城に転がり込んできたのだから、それは仕方がない。自分は家族ではないのだから。

 そして叔父が、可哀相だからと幸を甘やかすほど、家での居心地は悪くなっていった。
< 10 / 44 >

この作品のキーワード

この作品をシェア

pagetop