疫病神の恋
——さちの名前はね『幸せ』って書くのよ。お父さんもお母さんも、幸が生まれて来てくれて沢山幸せをもらったわ

——幸はうんとしあわせにならないとダメだぞ?自分で、自分を幸せにしてあげるんだ

 まだ幼かったころ。父に抱っこされ、母に頭を撫でられ、まぎれもなく幸せなひと時を過ごした。それを、唐突に思い出した。

「わたし……、わたしは……、幸せになっても…いいんですか?」
 蛇口が壊れた水道のように、涙が滴り落ちる。
 
「当たり前です」

 うつむいて肩を震わせる幸の背中に、躊躇しながら悠生が手を添える。
 おとうさん…おかあさん…。繰り返し両親を呼び、泣き呉れる幸の背中を、そっとさすり続けてくれる大きな手のひら。

 両親が亡くなってから、こんなにも泣いたのは初めてで、堰を切ったように止まらない。
 仕舞には、わんわんと子どものように声を上げてしまっても、彼はずっと黙ってそばにいてくれた。
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