疫病神の恋
 コンコン、と扉をノックされる音で、夢うつつから意識が浮上してきた。
 スマホのアラームを止めると、低く落ち着きのある声が、優しく響く。

「おはようございます。幸さん、朝ですよ」

 夏のはじまりだというのに梅雨が明けきっていないのか、じっとりと体にまとわりつく汗が不快だ。

「……はい、おはようございます」

 寝起きで絞り出した声は僅かにしゃがれている。扉の向こうに声が届いたかはわからない。

 ここで暮らし始めたころは朝が弱いことを恥ずかしく思い、必死に隠していたが、苦手な早起きはそう長続きしなかった。
 よろよろと起き上がり、洗面所で顔を洗うと、やっと目が覚めてくる。

 暮らし始めは申し訳ない気持ちと不安感が大きかったが、悠生の家は驚くほど居心地がよかった。

 すっぴん部屋着を見られる抵抗は、高校のジャージをパジャマ代わりにしている姿を見られたときになくなった。開き直ったともいう。

「毎朝すみません……。お世話になっている身で、情けないです」

 台所でフライパンを振るう悠生に声をかける。

「気にしないで、着がえてきてください。もうすぐ朝ご飯できますから」

 こちらを少しも見ることなく返ってくる言葉。やはり、呆れられているのかもしれない。

 時々、あからさまに視線を逸らされること、目を合わせてもらえない時があることに、幸は気が付いていた。

 身支度を整えて、先に座っていた悠生の向かいに腰かける。
 今度は、正面からしっかりと目が合う。

 仕事モードは良くても、プライベートの姿は見たくないのかもしれない。
 手を合わせ「いただきます」と唱えると、自然と声が重なった。
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