疫病神の恋
 四月になり、支社に移った。自分を偽ったまま。

 挨拶をする前にぐるりと全員の顔を見回す。
 彼女と目が合った瞬間、ここへ来た目的が頭の中から抜け落ちた。

 くりっとした大きな瞳、長いまつ毛、形の良い唇、白い肌。化粧っ気は少ないのに、それが逆に彼女の魅力を引き立てている。
 偶然交わっただけの視線は、時間にすればきっと一秒にも満たない。けれど彼女は、何かに怯えるように目を逸らした。


「仕事の相談をしたいので、今日の昼飯ご一緒してもいいですか?」
「仕事の話は勤務時間内でお願いします。休憩時間はひとりで過ごしたいんです」

 何度声をかけても、誘いを受け入れてもらえる気配はない。
 聞いていた以上に、拒絶の色は濃い。
 比較的女性に好まれるこの容姿も、気にいられたい人に気にいってもらえなければ、意味がない。

 人の懐に入るのは得意な方だと自負していたが、ここまで頑なに拒絶されると、心が折れそうになる。

——いずれ会社のトップを狙うのなら、社員の心を動かせるようにならなければいけない

 ここに来ると決めた時、父からはそう言われた。その難しさを痛感するばかりだ。
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