疫病神の恋
 彼女のことをもっと知りたい。
 けれど、あからさまに距離を詰めようとすると逃げられるのが分かっているから、もどかしい。

 観察しているうちに、誰よりも早く出社して、職場環境を整えていたのは彼女だということに気がついた。
 咳をしている人がいればその人のデスクにそっとのど飴を置いてみたり、風邪気味だという声が聞こえれば栄養ドリンクを置いていたり。

 浅い付き合いでも分かる。さりげない優しさも、仕事への努力も、それをひけらかしたりしない真面目な人だと。

 いつまでも心をほどいてくれない彼女に、半ば強引に接近していった。

 ある日、彼女の家が火事になった。
 
 女性の部屋に土足で、なんて気にしている余裕もなく、幸の代わりに飛び込んだ。

 簡素な部屋に驚いた。本当に年若い乙女の家なのかと疑うほどに物が少ない。
 その分、なにが大切なものなのか、すぐに分かった。

 テディベアを渡すとき、震えて泣いている彼女を放っておけない、守ってあげたいと強く思った。

 不運な火事を理由に同居にまで持ち込んだのは、流石にやりすぎだと分かっていたけれど、そうでもしないといつまでも近づけない。

 彼女の事情を知るまでは、いつまでも警戒を解いてくれない野良猫のようだと思っていた。

 ただし、幸が一人でいることにこだわる理由を聞いてからは、考えが変わった。
 彼女は、ひとりだけ家族からはぐれてしまった仔猫のようだった。
 自分が誰かを引っ掻いて怪我させてしまうのではないかと怯えて、独りで震えて泣いている。
 あなたは誰かを傷つける鋭い爪なんて持っていない、そう言葉で説明しても、簡単には信じてもらえない。それほど深く傷ついてきたのだ。
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