疫病神の恋
 完全に堕ちたのは、初めて彼女が心から笑っている顔を見た時だ。

 守りたい。傷を癒してあげたい。笑ってほしい。
 純粋に、そう思った。

 火事の翌日、彼女と暮らすことになりそうだと篤に報告をした。
 なにか言いたげな篤を残して早々に帰宅したが、食事中に電話がきた。

「いろいろ考えた。上司としての域は超えてしまうけど、私が保証人になって結城さんに家を用意してもいいと思っている」

 普段の穏やかさとは打って変わって、珍しく責める様な声色だ。

「交際もしていない男女が同棲なんて周りに知られたら、お互いによくない噂が立つんだぞ」
「篤さんとは十しか違わないのに、時々俺の父親かと錯覚します」
「勘弁してくれ。——彼女を職場に馴染めるようにしてほしいとは頼んだが、口説いてくれなんて言ってない」
 流石に、悠生の気持ちはお見通しのようだ。

「彼女は、自分が原因で周りの人間に不運なことが起こると信じ込んでいるんです。同じ家で過ごして、それで僕に何事もなければ安心してくれるでしょう」

「それは一理ある。けれど、男女で同じ家で過ごして、違う意味でなにか起きるだろう。そっちの方が心配だ」
 彼女への好意を自覚した今、手を出さずにいられるかと問われると確約はできそうにない。
 けれど、幸のことを篤に託したくないと思った。

「なにか間違いが起こったら、傷つくのは彼女なんだよ。君に彼女を頼んだ私には、責任がある」

 篤の言う事はもっともだ。
 これ以上傷ついてほしくないという思いは、悠生とて変わらない。

「間違いなんて、絶対に起こしません」
 もしかしたら、篤は幸に好意を寄せているのではないかという疑問が浮かんだ。
 仮にそうだとしても、絶対に譲りたくない。

 好きな人が幸せならば、どこで誰といてもいい、なんて思えない。
 彼女を救うのは自分でありたい。困ったときには真っ先に自分を思い出してほしい。
 自身の中に眠っていた独占欲が、唐突に目を覚ましたように。

——彼女の笑顔を知っているのは、俺だけでいい
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