疫病神の恋
「次はこの棚板を真ん中にして、太い方の六角レンチで留めます。ここでは一番短いネジを使用します。ネジの長さは三種類あるので、間違えないように注意しましょう」

 工程や注意点をしっかり声出しして組み立てをしていく。
 視聴者の方にも分かりやすいし、自分のミスも防げるし、一石二鳥だ。

 あとで編集しやすいように、一つ一つの動作や言葉を区切りながら作業を進めていく。

 気のせいかもしれないけれど、彼から強い視線を感じる。

 集中できず、棚の組み木で指を挟んでしまった。
「痛っ…!」」
「大丈夫ですか!?」
 挟んでしまった左手を、慌てて駆け寄ってきた彼から掴まれた。
 一瞬、何が起こったのか分からずに固まってしまった。じわりじわりと、自分とは違う熱が手の甲に伝わってきて、カッと全身が熱くなる。

「だっ、大丈夫です!」
 咄嗟に引いたが、彼の力が思いの外強くて、左手は帰ってこなかった。

「少し赤くなってますね。念の為に湿布を貼っておきましょう。腫れたら大変です」
「すみません……大丈夫ですから、放してください」
「折角綺麗な手をしてるんです。傷が残らないように手当させてください」

 彼だとキザな台詞も様になる。まんまと照れてしまって悔しい。
 湿布でヒヤリとする指とは裏腹に、触れられている部分が熱い。

 そういえば、誰かから心配されるなんて、いつぶりだろう。

 思い出せないほど、人のぬくもりに飢えていたことを、嫌でも自覚させられる。

 会話もなく、ただ手当てされるだけの時間が流れる。

 すると、ポツリと降り出した一滴の雨粒のように、彼が言葉を落とした。
「もう個人的に誘ったりしませんから、せめて今週末の、僕の歓迎会だけは参加してくれませんか?」

 今度の土曜日に、彼の歓迎会がある。
 幸はこれまで、そういう類の行事に参加したことがない。
 人と接するのが怖い。
 けれど、散々冷たく突き放して、なのにこんなに優しく手当てまでしてもらって。これ以上断ることなんてできそうになかった。

「わかりました……」

「よかった」
 安堵の声。優しい微笑。あたたかい、手。
 幸はなぜだか胸が締め付けられるように苦しくなった。
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