ブルー・ベリー・シガレット
案の定、不愉快なのを隠しもしない彼女は呆れたように肩をすくめ、オクターブ低い声で吐き捨てた。
「危なかったです。よかったですね、人によっては警察沙汰でしたよ」
ぱしりと手を振り払われて、呆気に取られている間にも彼女は颯爽とエレベーターを降りてゆく。あまり高くないヒールの音がこつこつと鳴って、華奢な背中が遠ざかっていった。
『ドアが閉まります』
機械音声が取り残されたエレベーターに虚しく響いた。残念ながら、俺は変態不審者として認識されたらしい。まあ、めでたい。
がくんと脱力して、俺はエレベーターに座り込んだ。深い溜息が口から漏れる。持っていた鞄の重力がいきなり大きくなって、思わず床に落としてしまった。
もういちど、やり直したい。もっと上手に自分をプレゼンしたい。ぐるぐると頭の中を回るのは、ついさっきの光景だ。なぜだか今になって妙に客観視できてしまう。
不躾にじろじろ見つめてしまった俺の気色悪さとか、エレベーターで相席しただけなのに話しかけてくれた彼女の気配りだとか。
小柄なのにすらりと伸びた手足も、小さな顔とほっそりした首筋も、上品な革のトートバッグも、地味な色味のハイヒールもしっかりと脳裏に焼き付いている。
もしかするとたった数分間で美化されている可能性もあるが、とにかく、すげえ良い女だった。顔立ちの記憶だけがぼんやりと曖昧で、目を合わせられなかった不甲斐ない自分にわらってしまった。藤くん、ピュアじゃん。
瞬きを一つすると、世界の色彩が鮮やかになった。灰色ばっかりの箱の中で、俺は唾を飲み込んだ。
あーどうしよう。彼女と結婚したいかも。初めて沸いた感情は熱くて苦しくて恥ずかしくて、無性にめちゃくちゃ楽しかった。