ブルー・ベリー・シガレット
エレベーターを降りる頃には「結婚したいかもなー」と思っていた。家に帰ると「結婚したいなー」に変わった。お風呂に入りながら「てか結婚したいだろ、普通に」と考え直し、その夜ベッドに潜り込んでうとうとしながら「もう結婚する」と決意した。
その願望が翌日になると「あの子と結婚しないとか無理」にまでなっていた。
しかし、それから二週間は彼女に会えなかった。
同じマンションで暮らしているのでエントランス前で待ち伏せしていればいずれ会えるのだろうけど、さすがにそれは警察沙汰である。
それに社会人である俺も暇ではないわけで、毎朝毎晩ひそかな期待に胸を膨らませつつも、顔を見ることはできなかった。
そして、二週間ほど経った仕事帰りの夜。俺がマンションの建物内に入ろうとすると、困ったように座り込んでいる彼女に遭遇した。悲願の再会である。
「げ、」
そして、心の底から不愉快な表情を見せつけられた。久々に見るそんな顔もかわいい。すごい。記憶をはるかに超えてきた。眉の顰め方がかわいい。
「こんばんは」
百万回繰り返したシミュレーション通り微笑んで挨拶をする俺に、彼女も浅く頭を下げた。今回は失敗したくない。そもそも黒羽藤は失敗しない男である。
せっかくの機会がこの挨拶のみで終わるのは寂しいなと思っていると、まさかの相手からおそるおそる話しかけられた。
「あの、いっしょに入ってもいいですか?」
「もしかして、鍵忘れちゃったとか」
「そうですけど」
うちはオートロックなので、鍵を忘れるとマンションのロビーに入れない。
おそらく部屋の鍵は開けたままなのだろう。それもそれで心配だけど、彼女が財布と缶ジュースだけを手に持っているあたりからあまり時間は経過していないはずだと予想される。
すぐそばにある自販機でジュースを買うために財布だけ持って外に出てきたものの、うっかり鍵を忘れてマンションに戻れなくなった。こんなところだろうか。
したがって、次に誰か住人が来るのを待っていたに違いない。その恩人が俺ってわけ。あまりの幸運に飛び跳ねそうになった。運とフォースは俺の味方だ。