ブルー・ベリー・シガレット
「もちろんいいですけど、無償では嫌です」
「この世は無常ですね。でも、このジュースはあげませんよ」
「うん、ジュースは自分で買うので結構です。それより、おねーさんの名前を教えてください」
エントランスでカードキーを翳しながら、俺は脳内で描いていた一番手前にあるおねだりを自然さを装って口にした。まずは、名前からだ。そう、これがふつう。
我ながらうまくいったと思ったのだがそろりと窺った表情はかなり苦いものだった。そこで、おのれの行いを振り返ると自分の名前をまだ教えていないことを思い出した。
「俺は黒羽藤といいます。ことし二十九になりました、職場は──」
「あ、別に聞いてないです」
「おねーさんは?」
「だから、こないだから何なんですか?」
大きいサイズの桜色のパーカーを腕捲りして、本気で警戒するように彼女が尋ねる。
あまりにも好かれていなくて笑えてくるが、どんな表情でも美少女に変わりはない。底抜けの透明感、可愛らしい顔立ちとは似つかわしくない冷めた瞳がそそられる。
余裕で成人しているだろうけど、美女というより美少女と呼ぶほうがしっくりくる。つんと尖った耳が特徴的なので、真の姿は妖精なのかもしれない。
外に居たせいか耳と鼻先が淡い桃色に染まっているところがかわいい。自分を含め、周囲には高身長で目鼻立ちのくっきりとした派手な顔立ちが多いので、こういった小動物的な可愛さには完全降伏してしまう。
熱に浮かされたように、ぽつりと溢していた。
「たぶん、一目惚れなんです」
俺はまっすぐに彼女を見据えるけれども、さらりと視線を逸らされる。あーあ、またやっちゃった。脳内の端っこにいる冷静な自分が肩を落とすけど、自分自身は撤回もできずに立ちすくんでいた。