ブルー・ベリー・シガレット


 自宅の最寄り駅に着き、酔いも眠気もほとんど皆無で冴えていた俺は問題なく降りることができた。足取りも安定している。

 だけど、みんながみんなそうとは限らないわけで。


「あ、」


 駅のホームに置かれたベンチ、なにげなく見遣ると膝を立ててすやすや眠る美少女がいた。

 たとえその子がどんなに可愛かったとしても普段の俺なら完全に無視だ。終電で酔い潰れた人間なんて人間の中で最も面倒臭いから。

 しかし、今日の俺はひと味違う。ぴたりと立ち止まり、光に吸い寄せられる虫のごとくまっすぐベンチに向かっていった。


 ひょこっと毛先に癖がついたショートカットの小さい頭は確実に見覚えがあるものだ。ピンクのベロアパンツに紺色のニットを着た小柄な彼女は間違えようのない意中の人だった。


「シーナちゃん、起きなー」


 口角が緩みまくるのを堪えながら、とりあえずは華奢な肩を揺さぶってみる。気持ちよさそうに寝てるからかわいそうだけど、さすがにここで寝かせておくことはできない。危ないし。

 駅のホームで寝ちゃったりするなんて、本当に危ない。危機管理能力が欠けている。顔を寄せると吐息がほんのり酒臭くて、彼女についてひとつ知ったと同時にひとつだけ悩みが増えた。



 過去にもこのような経験があったのだろうか、心配になる。だって、こんなにかわいくて無事だったはずがない。

 あーあ、俺がシーナちゃんの彼氏だったら二十四時間体制で迎えにいくのに。禁酒だって厭いとわない。


 それからしばらく根気強く起こし続けると、彼女は薄く瞼を持ち上げた。目を覚ましたので当たり前に視線がぶつかり合ってしまう。

 いきなり色素の薄い丸い瞳に射抜かれると、俺はどうしたらいいのか分からなくなって訳もなく逃げ出したくなってきた。


「ふじ、くん?」


 前言撤回。逃げなくてよかった。このかわいさを堪能できなかったらシーナちゃんの亡霊と化して成仏できなかったと思う。

 彼女はまだかなり寝惚けているらしく、ぽわんとふやけた顔をしている。寝起きで舌足らずなの超かわいいし、俺の名前を呼んでくれたのも超スーパーかわいすぎる。てか、名前覚えててくれたんだ。えーなに、ほんものの天使なの?


「ふじくん送るからさ、頑張っておうち帰ろ」

「かえる、ます」

「よし、ほら立って」


 小さな手で瞼を擦りながら頷くシーナちゃんはいつもの冷ややかな視線は投げてこなくて、とろんとした寝惚け眼で俺を見つめている。分かったから。きみが可愛いというのはもうじゅうぶんに分かったから!

 可愛さでお腹がいっぱいになりながら、いやしかしまだ満たされない気分でなんとか彼女の腰を抱き寄せて、ぐっと立たせた。よろよろと千鳥足なのが楽しいらしく、彼女はご機嫌に歩き出す。

 腕をまわした細い腰に危うく欲情しかけたけど、発散したばかりだったので助かった。せっかくなので堪能しちゃえ、と密着度を上げてみる。

 こういう悪い大人がたくさんいるので、シーナちゃんは危機管理能力をもっと高めておいてほしい。あるいは俺に任せてほしい。徹底的に管理するから。


 白い人工の光だけが夜道を照らしている。ここでは星が見えないけど、じゅうぶんに明るくて眩しかった。

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