ブルー・ベリー・シガレット
「えー、あー、うー」
「ねえ? ほんとにあたしのことすきなの? それともきらいなの?」
ええええ、なにそれ。正直に言うとどちらでもなく、ただの同じ幼稚園に通う女の子のひとりでしかない。すきといえばすきだったけど、こんな叫ばれたらきらいになりそう。
目の前では女の子がわんわん泣き出している。どう対応するのが正しいのか判断できず、俺は呆然と立ち尽くすのみだ。あえて言うなら早くジャングルジムのてっぺんに戻りたい。
だって、彼女を仲間外れにしたとかでもないし、こんなに激しく泣くほどのことは何も起きていないのだ。この子はお遊戯会でもお姫様役を立派に演じ切っており、けっして泣き虫さんではなかったはず。
それなのに、どうして、平和主義なぼくの前ではこんなことになってしまうの! いじわるなんてしないしおもちゃだって譲る、みんなのお話だって聞いてあげるのに!
穏便に過ごしたいだけの俺は世界の理不尽さを呪ったが、泣いている女の子を慰めるのが自分を守るための優先事項なのでとっさに彼女の頭を手を添えて。
怒ったママにパパが謝るときの仕草をまねて、なるべく柔らかい声をかけた。
「泣かせちゃってごめんね、ぼくがわるかったよ。これからは約束守るから、今日はゆるして?」
分かりやすく下手に出て甘えると、泣き止んだ女の子は「もう、しょうがないんだから」といって許してくれた。まるで俺だけが悪者みたいな扱いにはちょっぴり腹が立ったけれど、よかった。一件落着、ひとまず安心した。
あまりにも安心したので、俺は翌日にはもうその事件ごときれいに忘れ去っていた。
そして、また別の子と楽しく鬼ごっこをしている俺を見つけた彼女は再放送のように泣き出した。
「どうして、ふじくんは他の子とあそんじゃうの?」
「うん、やくそくしてたのに、ごめんね」
「ひどいよ! たのしみにしてたのに!」
それから、ふわふわしている俺のことが不安でたまらなくなった彼女は幼稚園にいる間ずっと見張るようになった。首輪をつけられた気分である。
俺は六歳児にして、めでたくひとりの女の子を不安定な精神状態に堕としてしまったのだ。