エリート外交官は溢れる愛をもう隠さない~プラトニックな関係はここまでです~
 改まった歌子さんの様子に、思わず緊張が走る。いったいどんな話だろう。


「お医者さまがここにくる少し前、外出していた夫──社長と連絡がついて、陽咲ちゃんが倒れたことを電話で伝えたの。社長も、すごくあなたのことを心配していたわ」
「あ……」


 穏やかな彼女の声音で、こわばった身体から力が抜けた。

 そういえば、私がこの病室に運ばれた直後くらいに歌子さんは一度席を外していた。

 あれは、社長と電話をしてたんだ……。


「それで、社長と相談して決めたんだけど……陽咲ちゃんには、しばらくの間仕事をお休みしてもらおうと思ってるの」
「え」


 思いがけない言葉に目を見開いて固まると、歌子さんは布団の上にある私の左手をそっと握りしめた。


「悪いふうに考えないでね。迷惑だとか辞めてほしいとか、そんなことを思ってるわけではないのよ。ただ、私たちの方でも配慮が足りなかったと反省したのよ。まだこんなに若いあなたが、たったひとりの家族を亡くして……深く傷ついた心を、少しでも癒す時間をあげたいだけなの」
「歌子さん……」
「ひとまず、二ヶ月間。こっちのことは気にしないで、ゆっくり身体を休めて」


 歌子さんのひたすら優しい眼差しと声音に、じわりと涙が浮かぶ。


「配慮なんて、そんな……私の方こそ、たくさん迷惑をかけて……なのにまた、そんな」
「もう、さっき秋月さんも言っていたでしょう? 私たちは迷惑なんて思っていないんだから、陽咲ちゃんが気に病む必要はないのよ。それに……実はね、近々うちの人員を増やす予定があるの」
「えっ?」


 またもや、予想外の話だ。驚く私に、歌子さんがさらに続ける。


「その人は社長の知り合いの経験豊富なデザイナーさんで、うちにくる時期はまだハッキリとは決まっていなかったんだけど……さっき社長に電話をしたら、ちょうどその人と一緒だって言うから、すぐにでもきてもらえないか相談したのよ。そうしたら、快く了承してもらえたわ。だから本当に、陽咲ちゃんはなにも心配なんてしなくていいの」


 歌子さんはそこまで言い切ると、私の左手を握る手に力を込めた。


「もちろん、新しい人が入ってくれるからといって、陽咲ちゃんの居場所がなくなるなんてことはないからね? 私たちは、いつまでもあなたの帰りを待ってる。だから今は、ゆっくり休んで」


 ふわりと、優しい笑みを浮かべる歌子さん。
 対する私はボロボロと涙をあふれさせ、嗚咽交じりになんとか「ありがとうございます」と答えた。

 専門学校を卒業し、いずみデザイン工房で働き始めてから約二年半。
 そんな短い期間にもかかわらずこれほど自分を大切にしてくれる上司の存在がありがたくて申し訳なくて、涙が止まらない。
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