エリート会長は虐げられ秘書だけを一途に溺愛する
「君は今の話に納得したのか?」
「ち、はやさん……どうしてここに」
「質問をしたのは俺だ。君は、この女が正しいと本気で思っているのか?」
 重苦しい空間に、颯爽と入ってきた神崎さんの瞳は私だけを貫いていた。その目で見られると、私の言葉からではなく、目線や態度から全てを見抜かれてしまいそうで、嘘が通用しないことを実感させられる。
「それは……」
「ちょっと、いきなり入ってきてなんなんです?」
 さすがの美代さんも呆気に取られていたのか、ワンテンポ遅く反応して私の隣に立つ。
「ようやく尻尾が掴めたと連絡が入ったが、遅かったようだな。大林」
 気配を消すように玄関先で立っていた大林さんが、すっと名刺を美代さんに渡す。
「神崎グループ……新会長……!?」
「それだけじゃない。俺は」
 まるで美代さんから引き離すように、ぐっと肩を抱かれる。
「花宮杏子の婚約者だ」
 凛としたその声に、美代さんはわなわなと震える。
「……まさか、嘘でしょう? 婚約者なんて……この子はそんな大層な人とお付き合いできるような身分ではないですし……勘違いなさっているのよ。そうよね、杏子ちゃん?」
 さっきまであれだけ私を追い詰めていた瞳が、弱ったように縋るような目で見ていた。
「それは、杏子と亡き夫を侮辱していると捉えていいようだな」
「夫って……」
「”娘の幸せを保証してくれ”──そう契約を交わした」
 数時間前、千隼さんが口にしていた父との契約。
 一度だって言われたことはないはずなのに、なぜか父の声で再生されたような気がした。
「……待って! なら、相手はその子じゃなくて私でもいいでしょう? あの人にとって大事なのは娘だけじゃなかったんだから。私だって大事にされていたのよ、なら結婚は私にするべきでしょ!」
「醜いな」
「み、に……!?」
「どんな契約だろうと、俺が納得しなければ成立しなかった。花宮杏子と結婚することは、俺が望んで受け入れたことだ。仮にお前が相手だとすれば、この契約は破棄していただろう」
 力強いその声とは相反するように、私の肩を抱く力はやさしい。
「行くぞ」
 まるでこの場所に繋がれていた鎖を断ち切ってもらえたような感覚だった。
 このまま、ここを出てしまえば、きっと別の道が見えるはず。
 そう確信していると同時に、どうしてもこのままではいけないという気持ちにも駆り立てられていた。
 歩みかけていた足を止まる。
「どうした?」
「千隼さん、すみません……待ってください」
 千隼さんに連れられる前に、崩れ落ちる美代さんに歩み寄った。のろのろと上がったその顔に美しさは感じられない。
「美代さん」
「……もしかして考えを改めてくれた? 私だけがあなたの家族だものね。私を見捨てるなんてことはできないはずよ」
「ごめんなさい。もうあなたの力になることはできません」
 ひゅっと息をのむ音。私は、酷いことをしているだろうか。でも、力になることができないのは事実だった。
「私とあなたは、もう家族ではないから。それでも保護者になってくれたことには感謝しています。今までありがとうございました」
 背を向け、美代さんから離れていく。最低、酷いという声が聞こえて、振り返りそうになった。けれど、
「君には必要のない言葉だ」
 そういって聞かせることを許さなかった千隼さんに救われた。
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