エリート会長は虐げられ秘書だけを一途に溺愛する


「さきほどはありがとうございました。その、なんとお礼をしたら」
「荷物は大林に手配させている。もうあの家に戻らなくていい」
 ぴしゃりと。そこで会話が終わってしまう。
 静かな車内で話すことを禁じられているようで、しばらく流れていく景色を眺めていると、
「家族はそれほど大事なものなのか」
 神崎さんが静かにそう言った。
「……そうですね、私にとっては大事なものでした」
「さっきの女とは血縁関係がないのだろう。それでも縁を切らなかったのは?」
「……縋っていたのかもしれないです。家族という存在に」
 たとえそれがお金だけの関係だったとしても、家族であることがひとつの救いのように思っていた。一人、また一人と失っていかなければならない恐怖の中、少なくとも美代さんは共に過ごしてくれていた。
「俺にはわからない感情だな」
「すみません、私の話ばかり……あの」
「なんだ」
「……父と会ったことがあるのですか?」
 さっき美代さんに話した婚約の話を切り出すと、神崎さんはこちらを見ることなく「同じ時期に何度か」と始めた。
「唯一、俺が人として尊敬した男だ」
 父は小さな町工場の社員だった。決して神崎グループの人たちとお知り合いになるような環境ではなかったはずだけれど。
「まだ俺が会社の仕事を手伝い始めたころ、神崎グループは君の父親が勤めていた会社を買収することになっていた。おおかた、更地にして高層マンションでも建設するつもりだったのだろう」
 家で仕事の話をする人ではなかった。ただ黙々とごはんを食べ、お風呂に入り、それから少しテレビを見ては就寝するような日々。その背を少し離れたところから見ていた。
「だが、計画は一時中止になった。君の父親が、ここは命かけても守るといってきかなかったからだ」
「父がですか?」
「ああ、周囲は"ただの社員が必死になって"と笑っていた。けれども必死だったんだよ、君の父親は。自分が働く会社を守るために──君を守るために」
「……え」
「”この会社がなくなれば自分はいく場所がなくなる。そうしたら娘を育ててはいけなくなる”と。聞けば、あの土地のほんの一部は、君の父親が代々受け継いだものだったらしい。いわばそこだけは君への財産にもなったわけだ」
 知らなかった。父は一度転職した時期があったけれど、おそらくこのときだったのだろう。
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