エリート会長は虐げられ秘書だけを一途に溺愛する


 到着した建物の前で、私は一歩も動けずにいた。
「こちらのお宅は……?」
「俺の家だ。今日から君の家にもなるがな」
 大きな門。その向こうに見える庭園には四季折々の花が咲き誇っている。自宅と呼ぶにはあまりにも壮大であり、一瞬夢を見ているのではないかと疑ってしまうほど。それでもこれが現実だと証明するように、門の奥に設置された噴水の涼やかな音が聞こえていた。
「君が望む部屋を用意しよう」
「その前に教えていただきたいのです」
「なんだ」
「……私を、愛してると……あれは、本当ですか?」
 車内で聞こえたあれは幻聴だったのではないかと思っていた。
 まさか、愛を告白されるとは。
「俺が嘘を口にしたとでも?」
「滅相もありません……! ただ、今日初めてお会いしたばかりなので」
「愛に時間は必要ない。よってあとは君が俺を愛せばいい」
 至極簡単そうに、まるで次のステップに進んだかのような振る舞いだった。
 仕事であれば、土地の選定が終われば建設設計、不動産取引など、一つ進んでいくごとにおのずとどう動けばいいか頭に入っている。
 しかしこれが恋愛となると仕事のようにはいかない。
 家を与えてもらい、婚約相手まで用意された今、おそらく私が判を押すだけで結婚が成立してしまうだろう。
 理由としてあげられるのは、ここまでの出来事が全て一日で起こったという点だ。
 いきなり新会長が現れ「お前を愛している」など言われても信じられるわけがない。しかも、今まで誰の秘書も担当してこなかった私が、まさか会長という会社のトップである人の秘書に抜擢されるなど、ありえないことだ。
 磨き上げられた玄関ホールは広く、赤い絨毯が敷かれている。見上げると大きなシャンデリアが煌びやかに輝いている。
「とりあえずメインとなる場所を案内しよう」
 どこを見ても、どの部屋を見ても「うわあ」の感嘆の息を溢すばかり。あまりにも現実からかけ離れているせいか現実とは思えない。廊下には、何百万としそうな壺や花瓶を見かけ、その度に「ひっ」と声が出た。
 ここには高級ではないもの以外は存在していないのだろうか。
 最後に通された部屋は、ただ空間となった場所だった。高いものは何もない。けれど、ただ一つだけ、この光景としては異様なものが椅子に置かれている。
「……ぬいぐるみ?」
 クマだ。ものすごく大きなクマが、椅子からはみ出して座っている。
 なぜここにこのようなものがあるのだろう?
 千隼さんは、そのぬいぐるみを抱えるようにして私の前へと移動させる。
 うつくしい人が大きなぬいぐるみを抱くというのは、ある種のギャップのようなものを感じる。
「プレゼントだ」
「え、私にですか?」
「君の父親と約束したからな」
「このクマを……?」
 さっきの話から、ここにどう繋がってくるのだろうか。よくわからないけれど、なぜかクマは新しい家族としてすでに歓迎されているようだった。
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