エリート会長は虐げられ秘書だけを一途に溺愛する


「って、この展開ってさすがにおかしいよね?」
 あれから翌日。私は軟禁状態だった。
 まさか家から出てはいけないルールを設けられるとは思いもしなかった。
 出社しようとすれば大林さんに止められ、せめて散歩にでもという要望もあえなく却下される。そのため室内で過ごすことがメインになっていた。
「よく考えてみたら、千隼さんのこと何も知らないんだよ。そんな人が婚約者ってどう思う?」
 話し相手はもっぱらクマのぬいぐるみ。
 つぶらな瞳で話は聞いてくれても、答えをくれるわけでもなければ相槌ひとつ打ってもくれない。癒されてはいるけど、何もしないまま部屋にいるというのはさすがに我慢ならない。
「……明日はちょっと早く起きてみよう」
 そう決心しては、どの時間帯ならばうまくいくかを熟考する。
 おそらく、朝を待つというのは遅すぎる。今日は六時に部屋を出たら「おはようございます」と大林さんに出迎えられてしまった。
 なら夜が明けたばかりの時間帯を狙うしかない。そうすれば、外に出られるはずだ。
 これといって目的はないけれど、このままここで閉じ込められているのは間違っているはずだ。私にはまだ秘書としての仕事がある。
 静かに夜を待ちながら過ごし、眠気と戦いながら迎えた早朝4時。
 この時間なら誰も動いていないはずだと忍び足で部屋の扉を開けると、
「何をしている」
 その声の主に腰が抜けそうになった。
「千隼さん……! あの、おはようございます」
 まさか一番会うべきではない人と会ってしまうのは想定外だった。
「こんな時間に部屋を出るということは、外に出掛けるつもりなのか」
 この時間でスーツ姿。仕事が終わったのか、それともこれからなのか判断ができない。
 なんとか誤魔化そうと考えるものの、うまいこと言い訳が見つからず白状するしかなかった。
「……ここに来てから一度もこのお屋敷を出ていないんです。私にも仕事はありますし」
「秘書としての仕事はもう辞めればいい」
「え?」
 薄暗い廊下、はっきりと見えない神崎さんの顔からは表情を読み取ることができない。
「辞めればと……私は千隼さんの秘書を担当させていただくのでは」
「君には秘書という肩書きを与えただけだ。名前だけでいい」
 千隼さんぐらいの人となれば、秘書一人では手が回らないほどスケジュール管理が難しくなるはずだ。それなのに、なぜ?
「……私以外に秘書はいるということですか?」
「いない。大林は似たような存在だが、もともと神崎家の執事だからな」
「つまり、お一人で全て回されているのですか?」
「もちろんだ」
 気が遠くなるような返事だった。
 業務をこなすだけでも手がいっぱいになるはずなのに、そのほか細々したものまで全て自分一人でこなしているという。
< 15 / 20 >

この作品をシェア

pagetop