エリート会長は虐げられ秘書だけを一途に溺愛する
「杏子様、お庭はもうご覧になられましたか?」
 庭、と大林さんの言葉をなぞる。
 私がまだ見ていないことを理解したのだろう。ゆっくりと目を細め、窓の外を見た。
「右奥の花壇、あちらは先日、新しく植えた薔薇になります」
「え……?」
 まだほんのりと薄暗い朝の中、ぼんやりと見えてくる赤い薔薇。
「あちらは、千隼様が杏子様のためにとご用意されたものになります」
「私のためですか?」
「”切り花は好まない”──そう千隼様に伝えられたのを覚えていらっしゃいますか?」
 蘇るのは、床に落ちていた薔薇の花びら。
 大会議室で、初めて千隼さんと会った日だ。
「あの直後、すぐに庭師に連絡を入れ、薔薇を植えるよう指示していたのです。杏子様に喜んでいただくために」
「……そんな」
 知らなかった。
 綺麗な花ばかりだと思うだけで、そこに私が関係しているなんて思いもしない。
 あの一角は、千隼さんが私のために用意してくれたものだったんだ。
「杏子様、ひとつお願いがございます」
 大林さんが、とてもやわからな顔で言った。
「なんでしょうか……?」
「千隼様は決して杏子様にはお伝えにならないかと思いますので、これは私のお節介だと受け止めていただきたいのです。杏子様は覚えていらっしゃらないかもしれませんが、以前、千隼様とお会いされているのです」
「え……?」
「神崎グループ採用面接のあの日、千隼様も同席されていたのです」
 有能な人たちを見て劣等感を抱いたあの場所に、千隼さんがいた……?
「その年、採用された方は杏子様お一人ですが、後押しをされたのが千隼様なのです。杏子様にはぜひとも神崎グループに入っていただきたいと強いご要望を出されたことで、私からお電話差し上げました」
 まさか、あの奇跡の電話の相手が大林さんだとは気付きもしなかった。そして私が採用された理由もようやく理解した。
「千隼さんが……どうして」
 私を採用してくれたのか。
 父とのことがあったからだろうか。だとしたら、もうすでに幸せにしてもらっていた。これ以上、千隼さんにしてもらうことなどないのに、結婚までしてくれる理由は。
 どこに愛を感じたのだろう。
 部屋から人が何人か出てくる。みな、ここの使用人だと初日に千隼さんが教えてくれた。
 大林さんが一人の使用人と少し話すと、にこりと微笑んだ。
「どうか千隼様の傍に」
 それだけを残し、廊下を歩いていった。
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