策略に堕ちた私
 オフィスに出ると高橋と目が合った。高橋はさっと顔をこわばらせて、そっぽを向いた。
 はあ、あからさまに態度を変えるのね。
 フロアを見回せば、大抵の社員はこちらの動向には見向きもしていないが、それでも、目ざとい女子社員が、興味を隠しきれない様子でちらりと視線を寄越してきた。
 振られたってこと、高橋の態度でもう勘づかれてるんだろうな。
 振られたこと自体は吹っ切れているからいいものの、社内バレしてるのが正直、面倒くさい。
 高橋の態度も面倒臭い。
 その点、社長は大人だった。
 フロアに出て来て私と目が合って、一瞬だけ、気遣うような目線を寄越してきたが、あとは肩透かしを食うくらい素っ気ない。
 つかつかと私のデスクまで来ると訊いてくる。

「山田さん、渋谷の角地の件だけど所有者は確認できた?」
「全員、確認できました」
「相続人も?」
「全部、突き止めています」
「そう、じゃあ、交渉に入れるね」

 言いたいことだけ言って去っていくその背中に、内心で突っ込んだ。
 社長は鬼か!
 所有者を突き止めるのがどれだけ大変だったか。
 恨めしく社長の背中を眺めていると、つと振り返り、きれいな微笑を向けてきた。

「山田さん、ありがとう、大変だったね。よくやってくれた」

 恨めしさは一瞬で氷解する。
 はああ、報われるう。
 もちろん仕事だからやるのは当然だけど、ねぎらいの言葉があるのとないのとでは全然違う。
 そこのところ、社長はよくわかっていらっしゃる。
 だから今までついてこれたんだけど。
 社長の態度に、昨夜のことは完全になかったものになっているのがわかった。
 ほっ、よかった。
 そして日常は、順調に過ぎ去るかと思いきや。

 その数日後、私は社長の膝の上に乗って、ペタペタと社長の肌を触っていた。
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